第4章 残響に沈む
コンコン。
突然のノックが響き、フレーズが駆け上がったところで中断される。
ガチャリ。
重い木の扉が開く音。
「……失礼します。ニナ様、奥様が探しております」
使用人の声に、ニナはハッと我に帰った。
イルミとのレッスンに呼ばれもう三十分近く経っている。
夕食の支度に遅れてしまう。
この屋敷に来て二年。
やっと陽の動きや使用人たちのリズムに慣れ、誰にも迷惑をかけずに働けるようになったはずなのに。
胸の奥が、ざわつく。
後ろめたいような、申し訳ないような気持ちが、じわじわと込み上げてきた。
「は、はい! すぐに行きます!」
慌てて、部屋から出ようとする。
「ニナ」
背後から、いつもの淡々とした声が呼び止めた。
「……これ、続き頼んだよ」
差し出されたのは、ニナが辿々しく写した数枚の楽譜だ。
インクがところどころ滲み、線が震え、整っているとはとても言えない。見るだけで頭が痛くなりそうだ。
「……………はい。すみません、失礼します!」
ニナはすこし頭を下げてから、急いで部屋を後にした。
廊下を歩き出した瞬間、さっきのフレーズが頭の中でふっと立ち上がった。
振り払おうとしても、音は消えない。
むしろ、さっきよりもはっきりと輪郭を持って、繰り返される。
足音が、無意識にそのテンポに重なった。
一歩、また一歩。
まるで自分の歩幅まで決められているかの如くリズムが揃っていく。
背中に、イルミの視線がまとわりつくような気がして足を速めた。
「すみませんっ! 遅くなりました!」
厨房に駆け込むと、すでに作業はほとんど終わりかけていた。
いい香りが、ふわりと漂ってくる方を見れば銀の皿には料理が整然と並び、あとは運ぶだけという状態だ。
使用人たちは無駄のない動きで持ち場をこなし、声を掛け合うこともない。
すべての流れが、静かに、正確に噛み合っている。
(……もう、終わってる)
ニナは一歩踏み出しかけて、足を止めた。