第3章 崩れゆく調律
まだ夜明け前の薄暗い時間に、屋敷の一日は始まる。
ベットから出たばかりのニナの素肌に石造りの廊下の冷気がひやりと伝わる。
箒を握る手はすでに慣れた動きで埃を払う。
それから銀の食器を一枚ずつ磨き上げる。
朝の光が窓から差し込む頃には、キッチンで火を熾し、キキョウ夫人の指示を待つ。
「おはよう、ニナ」
「おはようございます」
カルトを預かり、抱き上げる。
ほんの少し手が離れたと言っても、泣き声や甘える声にすぐに振り回される。
朝食を終え、山積みになった下着やリネンを桶の水で洗う。
冷たい水に浸していた指先は、すっかり赤くなっていた。
それらを干し終えた頃には、腕がじんわりと重くなっていた。
日差しはいつの間にか高くなり、庭の影が短くなっている。
(……なんとか、間に合ったな)
ほんのひと息つく間もなく、次の仕事が頭に浮かぶ。
庭の石畳の隙間に生えた雑草を指で摘みとろうと屈みこんだ時、ほんのわずかに風が吹いた。
——気づけば、昼の支度に追われていた。
子ども達に食事を与えて、ようやく自分の分をひと口飲み込んだところで、足音が近づく。