第2章 迷宮のダンジョン
「そういや今朝のあれ、なんだったんだよ」
「ん?なにが?」
「換装したら痛みがどうのって」
「あれはあれですよ。今日も訓練だったでしょ、だからです」
「まさかそんな体で来ようとしてたのか?」
「はい、辛いのが出ないんなら大丈夫かなって」
「お前は馬鹿か」
太刀川さんに馬鹿って言われたらいろんなものが終わる気がする。そう喉元まで出かかって、もう一度引っ込めた。この空気はダメだ。茶化しちゃいけないやつだ。
熱のせいで薄く霞む視界の先、捉えた彼の表情が珍しく怒ってる。眉間のシワも少しだけ深くして、鋭い視線は突き刺さるように痛い。
狡いよそれは。いつもみたいに、なんにも考えてなさそうな振る舞いで、何で流してくれないの。そんな顔されたら、気持ちの弱さが出てきそうになる。
だってもっと頑張らないとダメだと思った。日にちばかりがどんどん過ぎて、なんにも上手くできないのが嫌だった。
煩わせるだけ煩わせて、結果も出せない。そんなあたしのことを見て、呆れ返ってるんじゃないかと思ったら怖くなった。だから這ってでも行かなきゃ、行って鍛えなきゃって。ダメだな。弱ってる時の弱音ほどキツいもんはない。
「またしょーもないことうだうだ考えてんだろ」
「考えてません」
「お前のその素直じゃない口と石みたいに硬い頭はどうにかならないのかよ」
「なりませんね、今のところは」
じっと見据えて悪あがきでもするみたいに反抗的な言葉。そんなもの、この人には最初から通用なんてしなかった。交わして交わしてこっちの手立てがもうない所まで入ってくるから、
「太刀川さん」
「なに」
「ごめんなさい。先にちゃんと風邪治します。それと来てくれて助かりました。ありがとう」
だから、最後にはぽろっと言わされてしまう。ほんと狡い。
勝ち誇ったようなその笑みも、あれだけ触れてくれるなと引きまくってた境界線も、事情を知った途端にお構いなしだ。
「治ったら焼肉な」
「だからくしゃくしゃにしないでっていつも言ってるでしょ」
「大丈夫だ。最初からくしゃくしゃだったから」
頭痛いのにやめて。髪が乱れるからやめて。言えなかったのは、風邪特有の寂しさが、太刀川さんの手で消えていくような気がしたから。