第1章 シークレットメロディ
「あれ?読み逃したか?」
「何わけの分からないこと言ってるんですか」
「花衣ちゃんさ」
「勝手に人の手ぇ握らないでくれます?セクハラで訴えますよ」
「今なにか感じなかった?」
「なにかってなんですか」
避けられなかった、触れられるとは思ってなかった。いくら追っかけ回されても危害を加えてこないことは知ってた。だから油断した。
それでも爆音で刻む心臓の音を聞かれるわけじゃない。それにポーカーフェイスはかなり得意だ。不意打ちを食らったところで動揺なんて絶対してやるものか。
「ま、いいや、そのうち分かるだろうし」
「迅さんてたまにおかしくなりますよね。そうは見えなかったけど、もしかして馬鹿なんですか?」
「どうだろうね」
「自分のことになるといつもはぐらかすし。そう言うのホント気分悪い」
そのくせ他人の懐になんなく入り込む。入り込んで掻き回して勝手に納得して勝手に自己解決してタチが悪すぎる。
常に気を張っていないと少しでも隙を見せれば口車に忽ち乗せられてしまう。
この男と対峙した後はいつも嫌な疲労感が全身に纏わりついてなかなか剥がれてくれないんだ。
「あ、やっぱここでいいよ」
「そうしてくれたら凄く助かります」
「じゃ、またね、花衣ちゃん」
背中を向けて、ひらひらと手を振る彼に思いっきり舌を出したくなった。
ゆっくりと距離が離れて、迅さんを視線で追ってる事に気が付いたのは、今度こそ本当に何かを思い出したみたいに振り返ったから。
「あぁ、そうだ、もし何か困ったことがあったら相談して。太刀川さん経由でもいいから」
胡散臭い笑顔、胡散臭い目つき、どれもこれも癇に触る。きっとさっきのアレだってあたしの思い違いだ。困ったことなんて1つしかない。
定期的に顔を合わすこの状況が1番困ってるってのに。
傘を叩く雨の音はいつのまにか消えていて、
雲の切れ間からうっすらと覗く太陽に反射した迅さんの髪。
光につられたみたいに見上げた彼の横顔も、
やっぱり胡散臭いなとそう思った。