第1章 シークレットメロディ
「えー、それちょっと酷くない?」
「…………、あぁ、いたんですね、気づきませんでした」
「いや目ぇ合ったでしょ、がっつり絡んでたでしょ」
「気のせいなんじゃないですか?」
大学からの帰り道、なんとなく嫌な予感がして家までの最長ルートを取った。
いつもなら最寄り駅から歩いて10分程度の距離を1つ手前の駅で降りて、レポートに使う参考書も買わなきゃいけないしと言い訳までして本屋に寄った。
そこから歩いて30分、とうとう降り出した雨に、おろし立てのスウェードのヒールを選んだ今朝の自分へ文句を言いたくなった時、空を見上げる胡散臭い横顔を見つけた。
警告にも似た嫌な予感、とは一体どっちのものだったのか。
一目惚れで買ったボルドーの靴が泥水に汚れることか。それとも、嫌気がさすほど頻繁に出くわす彼に、わざわざ迂回までして出会ってしまったことか。
得体の知れない人物と言う表現は少々語弊があるけどそんなことはどうでもいい。
素知らぬ顔で彼の真横を通り過ぎようとしてかけられた、いつも真意の読めない軽い声に渋々足を止めた。
急いでんだから用があるなら早くしろ、そんな視線も忘れずに。
「何してるんですか、こんなとこで」
「んー?任務の帰り?」
「…………」
「ホントだって、サイレン鳴ってたでしょ」
相変わらず警戒心はんぱないね。しれっと言ってのけるその憎たらしい口を捻ってやりたい。
誰のせいで警戒してんのか分かってるんですか?
大学でよくしてくれる太刀川さんのボーダー仲間だと紹介された数ヶ月前から、事あるごとに偶然を装って現れるあなたのせいでしょ。
偶然にしては出来過ぎた回数はもう覚えてない。ここまでくれば最早付け回しだ。
太刀川さんに困るんですよねと、それとなく遠回しに訴えた自分の意思は伝わってなかったのか。いいや、そんなはずはない。
無意識に歪んだ顔を惜しげも無く晒して迷惑極まりないんですよ、なんて表情まで付け加えたんだから。それもほんの数週間前に。