第8章 百鬼夜行の、その最中 ※
「上着、預かるね」
「…ああ、」
上着や防寒具を脱ぐと、ナマエがすかさず俺に手を伸ばしてくる。
いつもなら適当に椅子へ掛けて終わりなのに、こうして自然に世話を焼かれるのは少しだけ落ち着かない。
けれど、今日はそういう気分なんだろうと深く考えないことにした。
鼻歌まじりに上着を片付けていくナマエを横目に、俺は椅子へ腰を下ろす。
(………全部、食えんのか。コレ)
改めて視界に入った料理の量に、胃の奥がずしりと重くなった気がした。
皿の数も、盛りつけも、明らかに一人分じゃない。
湯気と一緒に、圧のようなものが立ちのぼっている。
それぞれの皿に手間をかけた痕跡があって、適当に作ったものじゃない、ということだけは見ればわかった。
「いっぱい作りすぎちゃったの」
「っ、」
不意に背後から顔を覗き込まれ、その距離の近さに心臓が一拍遅れて跳ねる。
「余ったら、明日持って帰ってくれる?」
「……いいのか」
「もちろん!」
どうやら最初から、全部食べ切らせるつもりはなかったらしい。
張り詰めていた緊張がふっと緩むと、妙に高鳴っていた心臓も少しずつ元の速さに戻っていく。
そのままホッと息をつきかけた瞬間、ナマエの言葉が遅れて胸の奥に沈んだ。
(……待て。今コイツ、"明日"って言ったか?)
嫌な予感がして自分でもわかるほどに顔を顰めると、控えめに身体をつつかれて息が止まる。
そして脳裏に白く逆立った毛がぼんやりと浮かび始めた、その時。
「あの、今日は……お泊り、してくれるんだよね?」
「…は、」
ナマエの口から出た言葉に、思わず振り返った。
いや、何となく気づいていた。
それでも、口から溢れたのはただの感嘆詞。
沈黙が長引くにつれ、椅子に腰掛けた俺を見下ろしながら目を瞬かせるナマエの眉が、少しずつ下がっていく。
「五条さんが、そう言ってたんだけど……」
こちらの反応をうかがうように、ナマエが小さく肩をすくめる。
不安げに揺れる視線を向けられ、思考が一瞬だけ真っ白になった。