第5章 オーバーライト ※
恵くんに見送られながら教室に入ってしばらく。
席に鞄を置いた瞬間、ようやく胸いっぱいに空気を吸えた気がした。
けれど、その安堵は長く続かなかった。
「伏黒、教室戻ったぞ!」
その掛け声を合図に、私は一瞬でクラスの男女に囲まれてしまった。
「ちょっと苧環さん!!伏黒とどういう関係なの?!」
「俺、伏黒のあんな顔初めて見た!!」
視線が刺さる。
これは、好奇心と興奮と、少しの詮索が混じった目だ。
「えっ、と……」
怒涛の質問に言葉が追いつかず、その距離の近さと熱気に思わず椅子を引く。
背中が机に当たって、これ以上の逃げ場はなくなった。
「関係………幼なじみ、かな」
「え?でも私、伏黒と幼稚園から一緒だけど…苧環さん見たことなかったよ?」
その言葉に、心臓が小さく跳ねた。
それもそのはず。
私と恵くんはずっと別の学校に通っていたのだから。
長い時間を一緒に過ごしていても、呪術のことを抜きにして同じ場所にいたことはなかった。
私は一瞬、言葉を探すように視線を泳がせる。
恵くんと一緒に過ごしてきた時間。
他の誰も知らない日常。
それをどこまで話していいのか、分からなかった。
「あ……えっと、私のお父さん…が、恵くんの保護者で、」
やっと見つけた無難な逃げ口。
それを口にした瞬間、周囲の空気がざわりと色を変える。
「え!?それってほぼ兄妹ってこと?一緒に住んでんの?」
「いや、…住んで、ない」
言い切ると同時に、胸の奥に小さな違和感が残った。
一緒に過ごした時間は確かにあっても、それを「兄妹」という一言で括るのは違う。
恵くんと、津美紀ちゃん。
そこに私が加わるのは、失礼な気がしてならなかった。