第80章 主客転倒(しゅかくてんとう)
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ダン!
土御門様が両手で執務机を叩く。その唇は色が変わるほど食いしばられ、眉間にはこれまで見たことがないようなほど、深いシワが刻まれていた。
「やられた・・・」
吐き捨てるように言う。
ここは陰陽寮本庁、土御門様の執務室である。先程、先遣隊として現地に向かった日暮からの報告があったところだ。
敵を取り逃がしたこと。
石川県香能町九重村にて数十人のけが人を出す土砂災害が起きたこと。
そして、片霧麻衣は連れ去られ、更には・・・
浦原綾音が敵の手に落ちたこと。
陰陽寮の職員に大した怪我がなかったのが幸いといえば幸いである。一番怪我の程度が酷かったのは祭部の九条水琉であるが、それも祭部衆による心霊治療等を駆使すれば数日内に復調できるほどのものだということだ。
ただ、あまりそれは慰めにはならない。
日暮の報告によると、そもそもが、片霧麻衣がすでに『まつろわぬ民』側についていたのだ。それが意味することは、彼らの狙いが最初から浦原綾音の拉致だったことだ。
敵は片霧麻衣を囮にして、陰陽寮が動くのを待っていた。そして、神宝を使う者達に対してこちらが浦原綾音と天狐ダリを当てることを予測していたのだ。
だからこそ、5日もの間、同県内に滞在していたし、こちらが到着した日に急に移動する素振りを見せたりしたのだ。
全てが罠だったのだ。
土御門様はそれを読みきれなかった自分に腹を立てている。
そんな様子だった。
この方の肩にかかっているあまりにも大きな責任を思うと、どんな慰めの言葉も陳腐に響いてしまう。それでも、こんな時、掛ける言葉を見つけることができない自分の無力さに、瀬良は腹を立てていた。
瀬良は今日のことを振り返る。
報告を受けた後の土御門様はそれでも冷静に対処されようとしていた。
まず、九重村の被害状況の確認と地元警察、消防との連携の手配。
怪異を目撃した住民たちへの対応の指示。
先遣隊をフォローするための部隊の早期派遣指示。
占部に対する敵方の探索指示。
全て一分の隙もない完璧なものだった。
それでもなお、彼は自らの至らなさを責め、苦しんでいるように見えた。
「土御門様・・・」