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天狐あやかし秘譚

第72章 死生有命(しせいゆうめい)


だが、言い返すのも面倒なので、放っとくことにした。
女性はヒルズを出ると、表参道方向に進んでいく。時刻はまだ19時なので、これから食事か買い物に行くのかと思いきや、そうではないようだ。彼女は表参道の大通りを過ぎ、住宅街の方に入っていった。どうやら、この近隣にお住いの方で、このまま帰宅するつもりのようだ。

表参道も一本道を入れば真っ暗なところがある。遠くにビル群があり、きらびやかな明かりが灯っている分、裏に入ると、余計に道の暗さが際立っている気がする。人通りもなく、都会にありながら、うら寂しい感じがした。

眼の前の女性がその先にある細い道との交差点、四つ辻に差し掛かろうとした時。

「あ・・・」

白銀灯の下に暗い影のような男が立っているのが見えた。
あれが辻神?

私の注意が辻神に注がれた。
その時、同時に土門が
「宝生前さん♡」
と、私の名を呼んだ。
不意打ちだったこともあり、私はそのまま無防備に彼女の方に顔を向けてしまった。

刹那

唇に温かい圧力を感じた。そして、
「あとは・・・頼みましたよ?」
こう言い残すと、戸惑う私を置いて、彼女は辻神の方に向かって走り出した。

「きゃ!」

眼の前の女性は、突如後ろから自分を追い越してきた土門に驚き軽い悲鳴を上げる。土門は女性に目もくれずに走っていき、交差点に差し掛かった。

その一瞬、

『のまれてきえる』

低い、男の声でそう言ったのが聞こえる。白銀等の明かりの下、紫の衣装に身を包んだ土門の影がゆらりと陽炎のように揺らぎ、そのまま闇の中に解けるように消えてしまった。

まさか!

慌てて私も四つ辻に向かい、見回したが、そこには辻神も土門も影も形もなかった。

やられた・・・。

あの様子からして、土門はおそらくこうなることを予期していた。その上で『頼みましたよ』と言い残したのか?

それに・・・。
唇に手を触れる。そこが、やけどしたみたいにひりつき、熱かった。
さっきは一瞬混乱したが、ここにきて、やっと私は、さっき自分が土門からキスをされたのだと理解した。

いったい、私にどうしろっていうんですか・・・

「土門・・・さん」
呟いた声もまた、白銀の照らす闇に溶けていった。
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