第98章 一業所感(いちごうしょかん)
ジリジリと綾音の生命は引き寄せられつつあった。
それでも、あと・・・あと一歩足りない。
「ふるへ、ふるへ・・・ゆらゆらと・・・ふるへ・・・」
リンと美しい音が鳴り響く。
リン、リンと清浄な音があたりを包んでいった。
九条のひたいに汗が滲む。天乙貴人を制御する土御門も必死に呪力を絞り出していた。
ダリが槍を強く握る。その手に血が滲み、食いしばりすぎた歯がギリギリと音を立てる。彼もまた強く、強く願っていた。
『逝くな・・・戻れ・・・戻れ!・・・』
綾音!!
瞬間、あたりに光が満ちた。
それは死返玉に注がれた祓衆とダリの呪力が生み出した光
天乙貴人が放つ霊光
そして、もうひとつ・・・
九条は眼前の光景に、目を疑った。
光の中から二人の人の腕が伸びてきたのだ。
そして、続いて何本もの人の手が。
それらは、片霧麻衣が握りしめるように持っている死返玉を、麻衣の手ごと包むようにしていった。幾重にも、幾重にも重なる多くの人の手。
その力が加わって、光が、さらに一段、大きくなった。
ー行ける・・・!
「ふるのごと
みちさかしらにして・・・」
「とりかえさむ!」
その言葉とともに空間が、真っ白に染まっていった。
☆☆☆
「麻衣ちゃん、九条さん、土御門さん、瀬良さん、左前さん、祭部や祓のみんな・・・そしてもちろんダリ・・・。誰ひとり欠けても、私、帰ってこれなかったんだよね・・・」
まだ、ちょっと起き上がるのは辛いけど、よっこらしょと身体を起こして、ダリと一緒に窓の外を見た。窓の外にはちょうど立派な樹が大きく枝を伸ばしていた。そこに茂る新緑の緑が目に眩しい。
「あと、九条さんが言っていた、最後に現れた腕って・・・?」
「ああ、おそらくは、麻衣とやらの両親(ふたおや)、それから麻衣が救おうとした町の人達だろう・・・
両親は娘を助けるために、娘に助けさせるために現れ、町の人達は麻衣の想いに応えた・・・のかもしれぬ」
そうか・・・
麻衣ちゃんの両親、あの場にいたんだな・・・。
「麻衣ちゃん、少しでもお父さんやお母さんとお話・・・できたのかな・・・」
「どうだろうな。通常は、常世のものと話すことなど、ありえぬことだからな」