第1章 依依恋恋 一話
♢
夜毎続く浅い眠りの中、愛おしく懐かしい夢を見た────。
アラームが鳴る前に起床するのは日頃の癖とでも言うべきか。緩慢に持ち上げた瞼を数度瞬かせ、映した天井は夢で見たものとは少々異なるが、和の趣を思わせるものだった。遥か昔───五百年前よりも利便性が格段に上がった世の中においても尚、こうして和風建築色の濃い家屋を選んだのは、無意識の内に自身が憧憬に浸りたいと思っていたからなのかもしれない。
(明け六つか。確か今日は打ち合わせの為、新しい担当者が来るんだったな)
本日のざっくりとしたスケジュールを脳内で反芻した後、ローベッドから身を起こした。くしゃりと片手で長めの前髪を軽くかき上げると、ベッドの高さに合うよう調整させたサイドボードへ視線を流す。起床してすぐ、視線を【それ】へ向けるのはここ十数年続く光秀の習慣めいたものだ。細やかな装飾の施された硝子製アクセサリートレーの中にある、美しい簪───硝子細工で出来た九輪の水色桔梗の花が象られたそれを視界に映し、穏やかに双眸を眇める。
「久方振りにお前の夢を見た。あれは確か、堺の花祭りの時だったか。まさか本当に願掛けをしたあの風車のようになるとはな」
物言わぬ簪へ語りかけるにしては、その声は至極甘かった。光秀にとって、夢は厳密に言えば夢ではない。謂わば過去そのものであり、記憶だ。この身の内には、五百年前に武将として生きて来た───つまるところ前世の記憶というものが残っている。何の因果か、再び【明智光秀】として姿形もそのままに二度目の生を受けた光秀は、もう随分前からただ一人の番を現世でも探していた。
───ピピピ!アラームの音ではない、着信を知らせる電子音が響く。ベッドの端へ置かれていたそれを手にすれば、ディスプレイには見知った番号が表示されていた。わざわざ連絡先を登録せずとも、番号そのものを暗記している光秀の判断基準は下四桁であり、此度のものは応答する必要のある着信とばかりに端末を手にする。