第1章 依依恋恋 一話
しっとりとした低音が耳に心地よく、彼が何か言葉を発する毎に胸が騒ぐ感覚と、そして何故か落ち着くような相反する感情が凪の中へ去来した。何か話を広げなければ、そう考えて口を開こうとすると、まるで凪の心の焦りを察したかの如く、男が薄い唇を開く。
「こちらの名乗りがまだだったな。明智光秀だ、よろしく頼む。担当殿」
歴史上の偉人、日ノ本でも取り分け有名な戦国武将───そんな人物とまったく同じ名を持つ男が、薄く唇へ弧を描く。これが、新人担当の凪と人気作家明智光秀との、五百年の時を経た二度目の邂逅であったとは、彼女はまだ何も知らない。