第19章 交差する影、歪む真実
夜が、深く静かに落ちていた。
昼間の喧騒が嘘のように、泥花市は重い闇に包まれている。
どこかでまだ、瓦礫を片付ける音がしている。
でもそれも、遠く、かすかに聞こえるだけだった。
私は小さな民家の屋根裏に潜り込んで、
音を立てないように、身を丸めながら通信機を取り出す。
(……今なら)
この時間帯なら、周囲の監視も緩む。
ようやく、“本当の私”に戻れるひととき。
機械のスイッチを入れ、盗聴防止のシールドを展開。
数秒の沈黙のあと、ノイズ混じりの声が応答した。
「……そちらの状況は」
私は小さく息を吐いて、淡々と報告を始めた。
『異能解放軍――リ・デストロは、本日正式にヴィラン連合の傘下に入りました』
「……そうか」
声色ひとつ変えない公安の担当者。
でも、その裏で情報の重大さは間違いなく記録されている。
『死柄木弔を中心としたヴィラン連合は、個性・統率力ともに顕著な成長が見られます』
『中でも、トゥワイス――彼の“二倍”は、戦況を一変させるほどの脅威となっています』
「……確認した。続けてくれ」
私は一瞬だけ目を閉じ、言葉を選んだ。
『――異能解放軍幹部、“トランペット”と接触済み。好印象を与えました。
このままいけば、近いうちに“リ・デストロ”本人と接触できる可能性があります』
通信の向こうで、しばらく沈黙が続く。
そして――
「……いい仕事だ、“ウィルフォース”」
その名前に、指先が一瞬だけ震えた。
――私が、私であることを知っているこの声は。
でも、それはすぐに呼吸と一緒に飲み込む。
『任務を継続します。以上』
通信を切り、私はそっと手のひらを胸元へあてた。
(……ウィルフォース、か)
この名は、私の“信念”。
でも今は、ここにいない。
“カゼヨミ”として、もう少し、暗い海の底を泳ぎ続けるしかない。
でも――
(……ホークス。あなたにこれを言える日まで)
私は、絶対に壊れない。