第5章 交わる唇、揺れる想い
警報が耳を突き刺すように鳴り響き、食堂は一瞬にして阿鼻叫喚の渦に飲み込まれた。
出口へと殺到する人波が押し寄せ、ざわめきと悲鳴が入り混じる。
私は壁に背を預けて、胸の苦しさをごまかそうと必死に呼吸を整えていた。
『……っ、すごい人……!』
「チッ、邪魔くせぇな……ッ!」
爆豪くんは私をかばうように腕を伸ばし、壁際へと押しやった。
人波にのまれそうになっていた私は、その腕に包まれるように身を寄せる。
壁と彼とのわずかな隙間に立つ私――
すぐ目の前にある、彼の肩、横顔、熱。
『(ち、近い……!)』
瞬間、誰かの押しで人波が大きく揺れた。
「っ、おい、押すなって言ってんだろ!!」
爆豪くんの背中に誰かがぶつかり、彼の体が傾いだ。
『きゃっ――!』
バランスを崩した彼が、私に覆いかぶさるように倒れてくる。
次の瞬間――
やわらかな感触が、私の唇に触れた。
「……っ!!」
時が止まったように、爆豪くんの赤い瞳が見開かれる。
私も同じように、瞳を大きく開いたまま、固まっていた。
一瞬。ほんの、数秒。
でも、まるで世界が止まったように、長く感じた。
彼の顔が、すぐそこにある。
目を逸らすことも、息をすることさえできなかった。
『……っ!』
ようやく我に返って体を離すと、私の顔は真っ赤だった。
「ご、ごめんっ……!わ、私……っ!」
「……っ、俺のセリフだ……バカ……っ」
掠れた声でそう呟いた彼の頬も、少しだけ――ほんの少しだけ、赤く染まっていた。
互いに顔を背けながら、息を整える。
それでも、心臓の音はおさまらない。
『(……やだ、なにこれ……どうしよう……)』
彼の手は、まだ私の手をしっかり握っていた。