第13章 この手が届くうちに【R18】
『……っ』
私はまだ、睨んでいた。
その男の、不敵な笑みを。
どれだけ絶望的な言葉を並べられても、心はまだ折れていなかった。
絶対に、負けたくなかった。
なのに――
「……ああ、そうだそうだ」
オール・フォー・ワンが、ふと思い出したように口を開いた。
「忘れていたよ、君に伝えることを。……ほら、久しぶりの“親子”の再会だっただろう?」
『……え?』
笑いを堪えるような声音に、一瞬、意味がつかめなかった。
オール・フォー・ワンは、ふっと顎をしゃくる。
その先。
部屋の片隅に、黒い靄のように立っていた――スーツの男。
黒霧。
何度か遠くで見たことがあるだけの、敵。
『……黒霧……?』
思わず名を口にすると、男はぴくりと反応した。
けれど、その目は何も映していなかった。空っぽで、ただそこに立っている。
「……知らないのか。いや、知っているはずなのにね」
オール・フォー・ワンが、ゆっくりと近づいてくる。
「君のお父さんだよ。……ただ、身体は“別の人間”だがね」
その言葉は、最初、理解できなかった。
『……なに……を……』
「彼の“個性”、君が受け継がなかった“ワープ”の能力。
私はそれを、再利用した。……この男に、移したんだよ」
何かが、頭の奥でちかちかと音を立てていた。
「つまり、黒霧の中には“君の父親の個性”がある。
自我はもう残っていないけどね。まったく、器としては優秀だったよ」
世界が、ぐらりと傾いた。
『……うそ……っ』
「嘘じゃないよ。…あぁ、そうか。君は、父親は死んだと思ってたのかい? それなら逆に感謝されることをしてしまったなぁ」
不敵な笑みと共に、黒霧の影がじり、とにじんで見えた。
動悸が止まらなかった。
胸の奥が、破裂しそうなほど痛いのに。
黒霧は、何も言わない。ただ、私を見つめている。
『……いや……いやだ……っ』
やっと近づけそうだった“希望”の正体が、
最悪の形で目の前に現れた。
──これは、望んでいた再会なんかじゃない。
なのに、その“再会”を誰よりも喜んでいたのは、あの男だった。
「ようやく、家族が揃ったね」
嬉しそうに笑うその顔が、何よりも、気味が悪かった。