第13章 この手が届くうちに【R18】
背中が冷たい。けれど、額には汗がにじんでいた。
空気の温度が、どこか異常だった。
(……いやだ)
喉の奥で、心が叫んでいる。
足が動かない。声も出ない。
ただ、記憶が、頭の中でぱちぱちと音を立てながら、再生されていた。
10年前。
私の家に、あいつが現れた――
「ようやく……こうして会えたね、想花」
その声は、記憶と何ひとつ変わっていなかった。
聞いた瞬間、血の気がすっと引いた。
周囲の空気が、変わる。
誰も笑わない。誰も話さない。
ヴィランたちすらも一歩下がったその中心に、彼はいた。
全身を包むような黒の装束。
顔のほとんどを覆う機械のマスク。
けれど、その目は……確かに、私を見ていた。
『……っ、あ……』
口が、うまく動かない。
息をするだけで胸がきしむ。
「怖がらないで。僕は君に害を加えに来たわけじゃない。……ずっと、探していたんだ。君が、ここに来る日を」
その声音は、どこまでも穏やかだった。
まるで父親のように、優しくさえあって――
けれど私は覚えてる。
あの夜、家族が殺され、人生が壊れた。
その原因が、目の前にいるこの人だということを。
『……っ、近寄らないで……!』
ようやく絞り出した声は、震えていた。
それでも彼は、ただ一歩だけ近づいた。
その仕草に、空気がまた凍る。
「君の“力”は……特別だ。
君がこの世界に生まれたことは、計画の一部だったんだ。
ようやく、ここまで来た。さあ、想花……帰ろう。君の居場所に」
(ちがう……っ、ちがう……!!)
私は……こんな場所、知らない。
私は、ずっと……逃げてきたのに……!
『……っ、私の居場所なんて、ここじゃない……!』
叫んだその声は、かすれていたけど、
唯一、私の意志だけがはっきりと残っていた。
けれどそのとき。
「ふふ……君はまだ、自分の“価値”に気づいていない。
だが、大丈夫。すぐにわかるさ。……君のすべてが、必要なんだよ」
静かに差し出されたその手が、
触れるより前に、私の心の奥に触れてくるようで――
私は、ただ立ち尽くすしかなかった。