第12章 あの日の夜に、心が還る
青い炎が、唸るように空気を裂いた。
「いーぞ……もっと見せてくれよ。その“個性”、もっとさ」
炎の中心に立つ男は、笑っていた。
その声は熱よりも冷たくて、狂気の匂いがした。
『負けられない……!』
私は焼けつくような痛みを振り切って、翼を広げる。
まだ飛べる。まだ、守れる。
空中へと舞い上がった瞬間、地面が爆ぜた。
炎が竜のように唸りを上げて、私の影を追いかけてくる。
『──っ!』
旋回してかわしながら、指先に水の気配を集める。
大気を伝って、空に雨を降らせる。
火を、止めるために。
だけど──
「なーんだよ、もう終わり?期待してんだけど」
また手が振るわれ、炎の爪が風を裂いた。
かろうじて避けたつもりだった。
でも、
『──っ、あ……!』
焼け焦げた痛みが、背中を貫いた。
左の羽根が、折れた。
一気に視界が揺れて、バランスが崩れる。
そのまま私は、無防備なまま墜ちていった。
「もったいねぇな、せっかく綺麗な翼してんのに」
荼毘の声が、炎のざわめきに混ざって近づいてくる。
『まだ……負けない……!』
私は全身の力を込めて風の刃を連射し、距離を取ろうとする。
だが彼は巧みに炎の壁を張り、逃げ場を塞いだ。
『くっ……!』
炎の渦の中、動きが鈍り、ついに熱波に捕らえられる。
「おとなしく捕まれよ」
黒髪の男は冷笑を浮かべ、私の翼を掴む。
『いやっ……!』
その手が冷たく絡みつき、熱と狂気の狭間で、私は動けなくなった。
──腕の中に抱かれた瞬間、私の意識はゆっくりと薄れていく。
荼毘の体温が、熱くて重い。
その黒髪の隙間から覗く瞳は、まるで狂気に塗りつぶされていた。
「逃げられると思うなよ、ヒーロー志望」
低く響く声に、耳がざわつく。
その狂気は凶暴で、どこか甘美に光っていて。
彼の笑みは、不気味で、狂った世界に誘う魔法みたいだった。
「お前を抱くこの感触、忘れられそうにねぇ」
抱かれながらも、私は必死に抗う気持ちを奮い立たせる。
けれど、体はどんどん重くなり、瞼は閉じていく。
最後に見えたのは、青白い炎が揺れる彼の姿。
それは狂気の宴の始まりの合図のようだった。