第12章 あの日の夜に、心が還る
午後の日差しが少し傾き始めた頃、私はひとり、少し離れた空き地へと足を運んだ。
地面には白いチョークで丸が描かれている。そこが、目標地点。
『……さてと』
深く息を吸い込んで、両手を胸元で組む。
午前中に作った治癒の結晶は、無事に先生へ託した。
だから午後は、自分の“もう一つの可能性”を試す時間──
ワープ。
父のように空間を捻じ曲げるその能力が、自分の中に眠っているのかは分からない。
けれど、確かにホークスは言っていた。
「おまえは、“ちゃんと届く”力を持ってる。……想いでも、声でも、全部な」
……届けたいという想い。
この力もまた、そこから生まれるのなら──やるしかない。
『……ここから、あそこまで』
目標の丸を見つめながら、想像する。
そこに立っている自分を、何度も何度も。
両足に力を込めて、飛ぶような感覚で──
意識を、重ねた。
『っ──』
……何も、起きなかった。
景色はそのまま。風の音だけが、空しく耳を通り過ぎていく。
『……もう一度』
気を取り直して、再度チャレンジ。
何度も、繰り返す。
けれど、そのたびに足元に感じるのは、変わらない硬い地面。
結界のような何かに、何度も弾かれるような感覚すらした。
『……どうして……』
唇を噛む。悔しさと焦りが、胸の奥でじくじく疼いていた。
身体はもう、汗ばんでいる。
(やっぱり……わたしには、無理なのかな)
そんな考えがよぎるたびに、心が少しずつ揺らぐ。
それでも、視線だけは、遠くに描いた白い丸から逸らさなかった。
──だって、あそこに立てるようになりたい。
誰かを救うために、一瞬で駆けつけられるようになりたいんだ。
足が震えても、息が切れても。
私は、目を閉じて、もう一度、意識を集中させた。
今度こそ、気持ちが届きますように。