第12章 あの日の夜に、心が還る
合宿所の大きなキッチンに、ざわざわと賑やかな声が響いていた。
「よーし!今日の夕飯はカレーだってさ!!」
「いえーい!定番〜〜!!」
みんながエプロンを身につけ、野菜やお米をテーブルに広げていく中で、私は自然と調理台の前へと向かっていた。
そのすぐ隣には──やっぱり勝己の姿。
『……やっぱ、来てると思った』
「は?当然だろ。誰に任せてんだよ、全員飢え死ぬわ」
にんじんを手に取りながら、不機嫌そうな顔でぼそっと言う。
でもその手つきは慣れていて、包丁さばきも迷いがなかった。
『たまねぎ切るね。じゃがいもは皮むいてもらっていい?』
「チッ……お前、言われなくても段取り分かってんじゃねぇか」
気づけばいつものように、私と勝己で準備が進んでいた。
誰に決められたわけでもないのに、自然とこのポジションになる。
なんか、ちょっと……くすぐったい。
「すげー、ふたりとも、めっちゃ息合ってない?」
「さすが料理男子……手が止まらん……!」
切島くんと上鳴くんが遠くからわいわいと声を上げ、勝己に話しかけるたびに睨まれて引っ込む──そのやりとりも、もう慣れっこだ。
『にんじん、少し小さめに切っていい?煮込み時間短縮のために』
「おう。ルーは俺が調整すっから、甘めのと辛め、半々でいく」
言葉少なに交わす会話も、どこかテンポが合っていて、私たちの手は止まることなく動いていく。
その様子を、少し離れたところで見ていた焦凍が、ふいに視線を落としながら鍋の火を見つめていた。
……その横顔は、いつもよりほんの少しだけ静かで。
『焦凍、火加減見てくれてるの?』
「……ああ。大丈夫、焦げてない」
でもその声は、どこか遠くて。
きっと、気づいてるんだ。
私と勝己の間に流れる“なにか”を。
でもそれは、今どうこうできるものじゃない。
ただ、私自身も……まだはっきりとは分からなくて。
──その気持ちが、少しだけ胸を締めつけた。
「想花、玉ねぎ終わったか? こっち鍋準備できてっぞ」
『あ、うん!行く!』
勝己の呼ぶ声に、私は慌てて足を動かす。
背中越しに感じる、焦凍の視線。
それを振り返ることはできなかったけれど──
不思議と、少しだけ切なさが残っていた。