第30章 クリスマス・イブ
『チームだとやっぱ賑やかだなぁ。部屋飾り付けたりご飯いっぱい用意したり……今はツイスターゲームをやってるみたいだね』
隣のトレーナーの悲鳴が聴こえた。腰をいわしたらしい。
「羨ましいですか?」
『そうかも。いや……どうだろ』
神座の問いにホマレが首を捻る。
コンビニの安いケーキと冷めかけたココアをひっそりと味わう状況より、浮わついた部屋でご機嫌なチームメイトたちと過ごす方が楽しくはあるだろう。
けれど自分には神座さえ居れば、それだけで十分な気がしていた。
『2人きりのクリスマスも悪くないよ』
「そうですか」
神座が食べる様子を見ながら、ホマレは嬉しげに口元を綻ばせる。
モソモソしたスポンジと甘ったるいホイップクリームがやけに美味しく感じた。
やがて食べ終わり、ホマレがゴミをコンビニの袋に入れて縛っていると神座が財布を取り出した。
「出費はいくらでしたか?」
『お金いらなーい』
「またそんなことを言って。受け取りなさい」
金銭を渡そうとしてくる神座に、ホマレは両手を後ろに隠して拒否を示した。
『ねぇ、トレーナー。私、お金じゃなくてクリスマスプレゼントが欲しいな』
「……何も用意してませんよ」
『物じゃないよ。ちょっとしたお願いがあるだけ』
そう言って、ホマレはいつもより少し真剣な顔で神座を見上げる。
『明日の有馬記念、ゴール板前の柵のところから観て。私が走りきるとこをトレーナーに見守っててほしいんだ』
神座が見てくれていると思うだけで、脚に力が入る。
せっかくのシニア級最後のレースだから、確実に見える位置にいてほしい。
「当日のその時間帯はかなりの人でごった返すはずです」
『……たしかに』
ただでさえ観客の多いGⅠレース。その最高峰の有馬記念ともなれば、去年と同様スタンド一面が人で埋め尽くされるはず。
しかも今年は三冠を達成したオルフェーヴルが出走する。ゴール前を確保する難しさは想像に難くない。
「芝スタンドの最前列を確保するなら、出走時間よりかなり前にそこに立っておく必要があります。控え室での見送りは出来なくなりますが、それでもいいなら叶えましょう」