第19章 「死に咲く花」
「ありがと。 じゃ、よろしくね」
先生はウィンク付きで、完璧な笑顔でその場を後にする。
その顔はズルい。カッコよすぎる。
でも、なんかモヤモヤする。
先生はというと、全て計算済みって顔で満足げな表情をしている。
「ほら、余裕だったでしょ」
「ここから車でちょっと行ったとこに、ちょうどいい旅館あったんだよね~」
「なんで、もう調べてあるんですか……」
思わずそう突っ込むと、先生は楽しそうに笑った。
私もその笑顔につられて笑ってしまう。
さっきまでの怖さも。
胃の底に沈んでた、後味の悪さも。
苦しくなるような悠蓮の記憶も。
諏訪烈のまとわりつくような不気味さも。
ぜんぶ、いまは遠くなっていく。
この人の隣にいると、私は“魔女”じゃなくなる。
悠蓮の器でもなくて、何かを背負う“役目”でもない。
ただ好きな人の隣にいる、ひとりの女の子になる。
なにも証明しなくていい。
なにも頑張らなくていい。
自分のままでいいんだって。
そんなふうに思わせてくれる先生が――
たぶん、私が“私”のままでいられる場所なんだ。
空港の外に出ると、空は朱く染まっていた。
地面に映ったふたりの影が、並んで揺れている。
その影が同じ方向へ、ゆっくりと伸びていった。
翌日、東京に戻った私たちは――
「勝手に生徒を連れて延泊するな! 悟!」
「ちゃんと連絡しましたよ~。さっき」
「それは連絡とは言わんっ!」
学長からこっぴどく叱られた。
先生は、まったく反省してなかったけど。
***
都内、ある住宅街。
一軒家の前に、一台のバンが停まった。
ドアが開いて、制服姿の配達員が軽やかに降り立つ。
小ぶりな段ボールをひとつ手に取り、玄関のチャイムを押した。
「お届け物でーす!」
扉の向こうから人の気配がし、鍵が開く音がする。
配達員はにこやかに、荷物を手渡した。
受け取った人物は、
ただしばらく箱を見つめ、扉を閉める。
“Re:bloom”と小さく印字されたその箱は、
静かに、新たな呪いの種をこの世界へと撒いていた。
――その花は死を糧にして、咲く。
まだ誰にも、名前はつけられていない。
♦︎第19章 了♦︎