第19章 「死に咲く花」
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トイレの洗面所の鏡の前で、私は何度も何度も口をすすぐ。
喉に張りついた苦味を、流しきるように。
顔を上げると、鏡越しに映った自分は青ざめていて。
このまま先生たちのところに戻ったら、きっと心配させてしまう。
(……しっかりしなきゃ)
目を伏せて、ひとつ息を吸う。
(もう決めたのに……)
(諏訪烈の思い通りには、絶対にならないって)
(どんな真実にも、向き合うって)
……なのに。
あの映像が、脳裏をかすめただけで。
あの赤が、ほんの少し滲んだだけで。
(……こんなに、揺らぐなんて)
悔しかった。
情けなかった。
何度も強くならなきゃって、そう思ってきたのに。
(みんな、私のために動いてくれてるのに)
(私が、これじゃ……ダメだ)
目がじんわり熱くなるのをごまかすように、もう一度だけ口をゆすぐ。
(先生たち、もう行っちゃったかな)
(……絶対聞かれるよね。どうごまかそう……)
手を拭いて、トイレをあとにすると――
人の流れから少し外れた先に、先生がいた。
壁に背を預けて、腕を組んで立っている。
先生は私に気づくと、こちらへ歩いてきた。
そして、片手に持っていたペットボトルを、私の前に差し出す。
「はい。冷たいの。飲みな?」
ペットボトルの表面には、うっすらと結露が浮かんでいた。
(……先生、待っててくれたんだ)
少し息を整えてから、それを受け取る。
「……ありがとうございます」
先生は首をかしげて、いたずらっぽく笑った。
「もしかして、食べすぎちゃった?」
視線を逸らして、私は誤魔化すように笑う。
「……馬刺しが美味しすぎて、食べすぎちゃったかも」
「七海さんたちは、もう搭乗口ですかね。私たちも急がなきゃ――」
そう言って、歩き出そうとした瞬間、手首を掴まれた。
「……」
振り返ると、サングラス越しにまっすぐ見つめられる。
何も言われていないのに、すべてを見透かされているような気がした。
(……やっぱり、隠せないよね)
「ちょっと、ついてきて」
先生が手首を引いて歩き出した。
私は黙って、それに従った。