第9章 忘れられた子どもたち
暫くして、ナルが所長室から出てきた。
そんな彼に綾子が文句を垂れる。
「あっ、きた!もーなにしてたのよ。おっそーい!」
「ここを集合場所か何かと勝手に勘違いしておられる方に文句を言われる筋合いはないと思いますが」
刺々しい言葉は相変わらず。
でも暫くは聞けないんだろうなと思いながら苦笑いする。
「ままままま。暫くここも見納めだからさ。名残をおしませてチョーダイよ」
「じゃ、揃ったところで会場に移動しましょうか」
「そうですわね」
ジョンは先に行ってタクシーをつかまえてくると言い、慌てたようにオフィスを出ていく。
それを見送りながらあたしはチラリとナルとリンさんを見た。
暫くは会えない二人。
寂しいなと思いながらぼう……としていれば、リンさんがこちらにやって来た。
「どうしました?」
「うーん。暫くリンさんにもナルにも会えないんだなと思ったら寂しいなと思って」
「……すぐに戻ってくると思いますよ」
「それは嬉しいな」
また会えるのが楽しみである。
なんて思いながら微笑んでいれば、リンさんも少しだけ口角をあげて微笑んでいた。
一方麻衣は上着を着込んでいるナルへと話しかけているので、あたしはそちらに聞き耳をたてながら荷物を手に取る。
「オフィスの合鍵どする?いちおう返しといた方がいい?」
「待ってていい。どうせすぐまどかがくる」
「あ、そのまどかさんってどのくらいでくるの?」
荷物を手に取ってから、あたしはナルに話しかけた。
「さあ。そのうち」
「そのうちって……」
「来れば連絡があるだろう」
いい加減だなあと溜息を吐き出せば麻衣が苦笑する。
「──ああ、そうだ。忘れるところだった」
ナルは何かを思い出し、胸ポケットからハンカチを取り出してから麻衣に差し出す。
ハンカチに何かが包まれている。
「これ」
麻衣は不思議そうにしながらそれを受け取り、あたしは彼女の手元を覗き見る。
ハンカチをゆっくりと開くとそこには写真があった。
その写真はあの日のバンガローでナルのお母さんが見せてくれた、ナルとジーンの写真。
「これ──」
「母が忘れていった。『失くした』ということでも、彼女は気にしないと思うが?」
「……もらっていいの?」
「捨てた。あとのことは知らない」