第9章 忘れられた子どもたち
慌ただしくしていれば、麻衣は手持ち無沙汰でキョロキョロしているのが見えた。
そしてナルが目が合っているのに気づき、二人はどうするのだろうかと見守る。
「た、退院できてよかったね」
麻衣の言葉をナルは無視。
相変わらずだなと溜息を吐き出しながら、あたしは紙コップを用意する。
(退院するとは言ってるけど、まだ顔色悪いよねぇ)
以前、湯浅高校の事件の時もナルは倒れたがその時より容態が悪かった。
(他の皆は用事をキャンセルしたんだよね。ぼーさんや綾子たちも仕事をキャンセルして残った)
それだけ皆はナルを心配してたのだろう。
しかも真砂子なんて仕事のある日は東京と能登を日帰りで往復していた。
だがある事に気がついた。
前に倒れた時はナルは見舞いに来るなと言っていたが、今回はそうは言わなかったことを。
「あ」
麻衣が突然言葉をあげた。
「どうした?」
「べ、べつに」
「麻衣、どうかしたの?」
気になったあたしが小声で尋ねると、麻衣はあたしの耳元で呟いた。
「ナルの家族って来なかったよね……って」
「あ……ああ、そう。そうだね」
そういえば、ナルの家族がお見舞いに来てるところなんて見ていない。
安原さんの所はお母さんが来ていたのに。
(普通、息子が入院してたら両親のどっちかがお見舞いにくるのが普通じゃない……?まさか入院してるの知らないとか?)
ふと、あたしはナルを見た。
もう一年以上一緒にいるが、あたしや麻衣はナルのことをほとんど知らないのだ。
どこに住んでいるのか、どんな家庭なのか、兄弟はいるのか。
そんな事全く知らないし、どうせ教えてはくれないだろう。
「おまたせー、すんだわよ」
「おっし。じゃ、いくか。ナル坊、これ運んじゃっていいのか?」
「ああ」
「ナル、急がなくていいからゆっくり歩いてきなさいよ」
「忘れ物はありません?」
「ちゃんと荷物持った?」
なんて言っていると、隣にいる麻衣がなにやら笑っていることに気がついた。
「なに、どうしたの」
「いやあ……こうみるとさ……。ぼーさんはお父さん、綾子はお母さん。真砂子と結衣とあたしは娘。リンさんは気難しいおじいちゃん。ジョンは長男で安原さんが次男。ナルはわがままいっぱいに育った末っ子だなと思って」