第8章 呪いの家
「リンさん、起きてたんだ……」
ベースにはリンさんが一人、カメラの前に座って作業をしていた。
彼はこちらに視線を向けてから相変わらずの無表情だが、目が少しだけ優しく細まっている。
「どうかしましたか?」
「ちょっと、寝れなくて……」
「わたしも同じです」
そりゃそうかとあたしは頬をかく。
上司であるナルが憑依されているのだから、不安で眠れないよねと思いながらリンさんの近くに座る。
「リンさん、お茶飲む?あたし、淹れるよ」
「では、お言葉に甘えて」
美山邸の事件からリンさんの態度はほんの少し柔らかくなった。
相変わらず無愛想だったり無表情だったりはするが、それでも柔らかくなっていると感じる。
前なんて『お茶淹れようか?』と聞いても『結構です』と言われて会話は終了していた。
「どうぞ」
「ありがとうございます、谷山さん」
そういえば……とあたしは湯呑みに口を付けながら思い出す。
普段彼はあたしのことを『谷山さん』と呼ぶが、美山邸の時何度かあたしの名前と麻衣の名前を呼んだ。
「そういえば、リンさんって美山邸の事件の時にあたしと麻衣のこと名前で呼んだよね」
「それが?」
「ん〜?思えばあれが初めてリンさんから名前を呼ばれた日だなって。ほら、普段は苗字で呼ぶでしょ?だからちょっと驚いたのと擽ったい感じがしたなあって」
「嫌でしたか?」
「嫌なわけないよ!なんなら名前で呼んでもらっても全然いいんだよ!ほら、ほとんどの人があたしのこと呼び捨てだもん。それに名前を呼んでもらえたほうが、あたし嬉しいよ。リンさんと仲良くなれてる感じで」
あたしの言葉にリンさんは数回瞬きを繰り返す。
そして珍しく彼は柔らかく微笑んだ。
「では、結衣さん……とお呼びします」
「うん!」
少し擽ったい感じがするが、それが妙に嬉しかった。
リンさんとの仲が縮まったような感じがする。
そんな時、ベースの扉が開く音が聞こえた。
誰か入ってきたなと思えば、眠たげに欠伸をしているぼーさんの姿。
「おんや?結衣、起きてきたのか?」
「うん。ちょっと寝れなくて……ぼーさんは?」
「リンが機材を見に行くって言ったから、寝ずの番するなら交代しようと思ってな」