第2章 青薔薇の呪い
ぱちん、とが大きなスーツケースの鍵を閉める音が響いた。
「この家はMr.ダークの名義だから、引っ越したくなったらあの人に相談して」
「…ああ」
「食事と睡眠をちゃんととること。そのあたりはあまり心配してないけど」
「…ああ」
「それと__」
の言葉は、カイザーの唇によって塞がれた。
すぐ離れるかと思いきや、の後頭部に手が周り口付けが深くなる。
「……んっ」
僅かな声でも至近距離にいたカイザーにはしっかり聞こえた。
その控えめで愛らしい声がスイッチになったのか、明らかに青い瞳に熱が籠った。
「…どうした」
「明日のフライトは何時だ」
「………10時にはここを出ないといけない」
嘘をついてしまえば良かった、と一瞬でも思ってしまった。
早朝に出るとか、なんならもう数時間後に出て空港近くのホテルに泊まるとか言えば良かった。
なのに何故、馬鹿正直にカイザーとの別れまでの猶予を言ってしまったのか。
がカイザーを大事だから?
カイザーがを好きだから?
思春期の熱にあてられたから?
(そんなことを知っても、きっと結果は変わらない)
この先を考えることを放棄したは、カイザーの掌から伝わる熱を甘受した。
生まれも育ちも違う。
見上げる場所も、そこまでの歩みも違う。
共通しているのは未成熟な年齢と、老若男女が息を呑むほどの美貌だけ。
としては、己の美貌に相応しい努力を放棄している、つまり美しくあろうとしていない自分に苛立たないカイザーの態度が有難かった。
だが、その見解は少しずれている。
確かにカイザーとて、を美しい人間だと思っている。
しかしそれ以上に、が別の場所に努力を割いた結果が、今のカイザーの一部であるという事実が、カイザーのに対する激情の種である方が大事なのだ。
「……ふ、ぅっ」
「…ッ」
快楽を受け入れ喘声をあげるの胎は、カイザーの熱い飛沫を飲み込んだ。
胸に倒れ込んだを受け止めたカイザーは、事後の余韻を感じる間もなく言葉を紡いだ。
「…、お前の魂を俺に刻め」
「……は?」
その唐突な提案は、が驚くほどのものだった。