第2章 The Light in the Abyssー前編【猗窩座】
あの雨の日から、一週間が経った。
猗窩座さんに声をかけられて送っていってもらった時のことが頭から離れてくれない。
短い言葉に凝縮した気遣いや触れた温度と空気感はまるで、無機質だったキャンパスに、筆で取った鮮やかな色をぶちまけたように鮮烈に描き殴られた感覚に似ていた。
そこにあったはずの仕事という境界線の見えない線さえ、その描き殴った色で見えなくなるほどに。
スマホの通知音。
マネージャーの名前。
仕事の連絡だ。
『次の仕事、猗窩座さんから直接指名が入りました。しかも、撮影現場まで、猗窩座さんの自家用車で迎えに来るそうです。モデル紙の”CHROME”の撮影なので、チェックお願いします』
わたしは思わず息をのんだ。
CHROMEといえば、業界ではvogueの国内向けといった有名なモデル専門誌。
しかも
猗窩座さんから直接の指名。
詳細を聞くために折り返し電話したけど、当日本人から話を聞いてほしいとだけ。
こんなぶっ飛んだ話は初めてだった。
わたしが焦っていると、マネージャーは
「それほどこの前の撮影で信頼されたってことだと思うから、自信を持ちなさい」
と背中を押すだけだった。
今回はマネージャーを通さず、プライベートな空間である車で迎えに来るという。
突然大きな期待をぶつけられた緊張感と、仕事とは別物のような心のざわつきに心が震えた。
でも、同時に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
何を、わたしに期待して求めているんだろう…
撮影当日、わたしは少しだけ、期待されている分の気合を入れるようにいつもより入念に身だしなみを整えた。
約束の時間、一台の黒いセダンがわたしのマンションの前に止まる。
運転席の窓が開き、次の日、わたしは少しだけ、いつもより入念に身だしなみを整えた。
約束の時間。
一台の黒いセダンがわたしのマンションの前に止まった。
運転席から降りてきたと思ったら、颯爽とキャリーバッグをとって「これだけ?」と聞いてくる。
「はい。大丈夫です」
少しだけ震える足で、車に乗り込むとあの日の香水の匂いに包まれる。
少し心地よい感じがするのはどうしてだろう。
車は、静かに走り出した。