第5章 *File.5*諸伏 景光*(R18)
「お待たせ…?!」
お手洗いのドアがカチャリと内側から開いた直後、死角から腕を引き寄せて抱き締めた。
「雪乃」
頭上で名を呼べば、硬直した身体が一気に暴れ出す。
顔は見なくても、声だけでオレだとまだ認識してくれるんだな。
「はっ、離してっ!」
「嫌だ」
「ヤダっ!私と貴方はもう、何の関係もないでしょ!!」
「……」
「もう、とっくに別れたでしょ!」
「……」
「なのに、いきなり勝手に目の前に現れて、今更こんなことしないで!!」
どうにかこの腕の中から抜け出そうと、オレの身体を押したり服を引っ張ってみたり。
彼女なりに、じたばた懸命に暴れてみせる。
「今更なんかじゃない」
そう。
今更なんかじゃない。
「私はもう好きじゃない!私はもう、貴方のことなんか好きじゃないんだから!!」
ねえ、雪乃。
そのセリフはオレが喜ぶだけだよ?
オレにはキミが真逆のことを訴えているようにしか聞こえない。
店内に響く感情を含んだ大きな声は、堪え切れずに次第に震えた。
分かり切ったことではあったけど、力の差は歴然としているから諦めたのか、大人しくなる。
その代わりに、雪乃の白い頬は濡れてゆく。
ただ、溢れた涙が止まらなくて。
「オレは一日だって、キミのことを想わない日はなかったよ」
静かに告げると腕の力を緩めて、初めて視線を合わせた。
「…離して」
「嫌だって言っただろう」
「…帰る」
「で、もう二度とオレとは逢わないつもりか?」
「他に一体何があるの?」
「そんなの、許すわけがない」
「さっきから、勝手なことばかり言わないで…っ!」
オレを見上げてじろりと睨み付ける雪乃を軽く押すと、壁に押し付けた。
「オレは雪乃を離さないし、帰さないし、オレに二度と逢わないなんて言わせない」
「!」
「ずっと…」
こうしてお前に触れたくて、気が狂いそうだったんだ、雪乃。
そこで言葉を切ると、有無を言わさず唇を重ねた。