第1章 世界を渡る最初の一歩
縁談話に振り回されなくなった龍水は、様々な女性と付き合った。
許嫁たる蒼音が色んな人と出逢い価値観を見ておけ、いずれ将来の役に立つなどと人材重視の『軍師』らしい意見をしたせいもある。彼女の言う通り、人との出逢いは貴重な経験になった。どの女性も、タイプは違えどみな美しさがあった。彼女達と交際した事に後悔は無い。
しかし、どんな女性も蒼音には遠く及ばなかった。女性を格付けするなど無粋だと怒られるだろうと思って黙ってはいたし、皆美しい事には変わりない。だが誰一人として、蒼音を超える美女は現れなかった。一際美しい彼女を超えるものは居なかったのだ。
しかもその肝心の蒼音だけは、『貴様が欲しい』と言っても上手く行かなかった。『もう既に手に入れてるじゃん、許嫁だし』といつも笑われてしまう。美女だと褒めても、皆に言ってるんでしょと軽く躱されてしまう。彼女だけは何故か手に入らなかった。どうして手に入らなかったのか。理由は分からない。
一度も、自身のトレードマークである『欲しい』を本当の意味で伝えられないまま。ある日、龍水が七海学園でフランソワと二人で中庭を歩いていた時だった。突如見えた、美しき緑の光。ふと彼女——蒼音の顔が脳裏をよぎる。周りがどんどん石化する中、己の死を覚悟した。龍水は大声で叫ぶ。周りに聞かれる事も、不審がられる事も厭わず。
死が確定したのは分かっている。だが俺は諦めない。たとえ何年かかろうが、貴様を手に入れてみせる————!!!
「はっはーーーーー!!!!!蒼音!!!
貴様が……いや、貴様の『心』こそが!!
絶対に欲しい!!!!!!!」
最期のこの今際の時になって、やっと分かった。彼女が手に入らなかった理由が。『貴様』ではない。『蒼音の心が欲しい』が言えなかったからだ。美貌でも能力でもなんでもない。形すら無い、ひときわ美しく難攻不落な彼女の心を。最も美しい高嶺の花を欲しがる様な、無粋な真似が出来なかっただけだ。
光が自身に届く直前。龍水は微笑みながら、右手をバッシィイイン!!と派手に打ち鳴らした。
その日。地球中の人間は全て石になり——
七海龍水は、3700年以上もの眠りについた。それは新しい未知なる航海に向けた、永き眠りであった。