第4章 天に在っては願わくば ☆*:.。. 明智光秀.。.:*☆
庭に面した障子を開けると、さわさわと吹く風とともにリリリッ…と澄んだ虫の声が聞こえてくる。
飲み過ぎて火照った頬に当たる風が冷たくて心地良く、思わずほぅ…と吐息が溢れた。
程良く酔った身体はふわふわとして覚束なく、障子の引き手に手を添えたまま、べたりとその場に座り込んでしまう。
「飲み過ぎだぞ、小娘」
ふわりと背中から回った腕に抱き締められると、嗅ぎ慣れた上品な薫物の香りに包まれる。
と同時に耳元で囁かれる声には、揶揄い混じりの嗜めるような響きが乗っていた。
「んっ…光秀さん…」
「俺の番をこんなに酔わせたのは誰だ?厳重に抗議せねばな」
「あっ…それは…」
今宵、安土城では光秀さんの誕生日祝いの宴が開かれていた。
任務で留守にすることが多い光秀さんを祝うため、信長様を始め、武将達にも協力してもらって密かに準備をした宴は盛況だった。
政宗は様々な食材を日ノ本各地から取り寄せて豪華な料理を作ってくれ、秀吉さんは美味しいお酒を手配してくれた。
家康は忙しい光秀さんのために自ら調合した滋養強壮の薬を用意してくれ、三成くんは南蛮の新しい武器の解説書を贈ってくれた。
信長様からは茶器を頂いた。
(私には茶器の良し悪しはさっぱり分からないけど、秀吉さん曰く、国一つ分に匹敵するほどの価値のあるものらしい)
光秀さんは物に執着する性質(たち)ではないから、皆からの贈り物を内心どう思ったのかは分からないけど、宴は終始、笑いと喧騒に包まれていた。
その楽しい雰囲気に私自身も幸せな気分になり、勧められるままに杯が進んだ。
特に宴の終盤は信長様の隣に座していたこともあり、差しつ差されつしているうちに…気が付けば、いつもより多くの酒を口にしていたようだ。
(ちょっと飲み過ぎたかな。信長様に勧められたら断れないっていうのもあるけど、今夜は本当に楽しくてお酒が進んでしまった)
安土の皆が光秀さんの誕生日を心から祝ってくれていることが嬉しかった。
密命を帯びて陰で動くことの多い光秀さんは安土を留守にすることも多く、一緒に過ごせる時間は貴重だ。
気の置けない仲間達と大好きな人の生まれ日をともに祝える幸福につい酔いしれてしまったみたいだ。