第13章 幸せすぎる無理難題と悲しすぎる別れの口火
「それにしてもお館様のあの声……」
ふわりと私の脳を直接撫でていくような
スッと優しく刺さってくるような
さっと包み込まれるような
クラリと酔ってしまいそうな
「……っ…あんな素敵な声…今まで一度も聞いたことありませんっ!!!」
思い出しただけで、あの不思議な浮遊感が戻ってきてしまいそうだった。
右手に筆を持ったままほぅっと斜め上にある天井を見つめていると
「……っ!」
杏寿郎さんが私の背中を覆うようにその身を寄せてきた。
「……書きにくいん…ですけど…」
「君は随分とお館様の声が好きなようだな」
そう言った杏寿郎さんの声は僅かな不機嫌さを孕んでおり
”だれかれ構わず嫉妬するのはやめてください”
と思わず言ってしまいそうになる。けれどもそんなことを言っても杏寿郎さんには通じないし、むしろ火に油を注ぎかねないことを私は学んだ。
「…お館様の声は確かに好きですよ?だってあんな声質…波長っていうのかな…初めて聞いたんですもん。音好きの私としては食いつかずにはいられません」
私がそう言うと、杏寿郎さんは身体を寄せるだけでなく”むぅ”と不満げな声を出しながら私の首に腕を回してきた。
…しょうがない人だな
そう思うと同時に、こんな私のことをそんなにも好いてくれる人がいるという事実に心が温かくなった。
私は一旦手にしていた筆を置き、私の身体を抱え込むようにしている杏寿郎さんの腕に手を重ねた。
「……でも、私が毎日聴いていたいと思うのも、聴いていると心が安らぐのも……杏寿郎さんの声だけです」
杏寿郎さんに自分の素直な気持ちを伝えるのはやはり恥ずかしい。それでも、杏寿郎さんの”これでもか!”というほど真っすぐな愛情は私の心に確かな幸せをくれる。
それと同等…にすることはまだ今の私には出来ないけれど、同じような幸せを、杏寿郎さんにもあげたい。
「……善逸やじぃちゃん。それに雛鶴さんまきをさん須磨さんに天元さん。人として慕う人はたくさんいるけど…私が…お…男の人として好きなのは……」
恥ずかしさで言葉に詰まった私を急かすように
「好きなのは?」
杏寿郎さんが腕の力を強める。