第13章 幸せすぎる無理難題と悲しすぎる別れの口火
「お前ら、人が色々と買い出ししてる間になに派手なことしてんだよ」
私は酷く呆れた声色でそう言う天元さんの顔を恐ろしくて見ることが出来なかった。一方杏寿郎さんはそんな天元さんの様子などどこ吹く風で
「鈴音の身体に他の男が付けた痕があると思うと我慢ならなくてな!勝手に身体が動いてしまっていた」
”わっはっは!”と腕を組みながらそれはもう満足気に笑っている。
…っ…何その理由…!!!
杏寿郎さんの行動の訳を理解した私は
”なんでこんな人のいる町中でそんなことを”
という怒りの感情以上に
”嫌いな相手からつけられた跡を塗り替えてもらえた”
という喜びの気持ちの方が勝ってしまい、杏寿郎さんの行動の理由に驚くと同時に、自分の感情の変化にも驚いていた。
そんなことを考えてしまっているとは決して悟られまいとグッと表情を引き締めた私だったが
「お前も喜んでんじゃねぇよ。んなんで喜んじまうほど煉獄のこと好きなら、さっさと嫁いじまえ」
感情を隠すのが下手になりつつある私では、やはり元忍兼師範である天元さんの目はごまかせなくなってしまっているようで、そんなことを言われてしまうのだった。
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天元さんと別れ杏寿郎さんの邸に戻ってきた私は、文を書くため茶の間にある円卓の前に腰かけていた。
筆を取り墨を付けていると
「桑島殿への文か?」
背後の方から杏寿郎さんにそう尋ねられた。
「いいえ。これはお館様への文です」
「お館様?先ほどお会いしたばかりだというのに、何故文を書く必要があるんだ?」
杏寿郎さんは不思議そうに首を傾げながら私の手元をひょいとのぞき込んできた。
「だって私…今日はお館様にきちんと謝罪をするつもりでいたのに、なにもお伝えすることが出来なかったんですもん」
聴く耳を使わない、尚且つ左耳の聞こえが悪い状態であの有様だ。馴れでどうにかなるのであればいいが、はっきり言って今後もお館様のあの不思議な声を前に普通でいられる気がしない。