第11章 さよなら、ごめんなさい、そしてただいま※
腹部に回っている杏寿郎さんの手のひらに触れ
「…おやすみなさい」
私がそう言うと
「好いた相手におやすみを言ってもらえることがこんなにも嬉しいことだとは…知らなかった」
杏寿郎さんは噛み締めるようにそう言った。そして
「おやすみ。俺のかわいい鈴音」
「…かわいくなんかないです」
「その反応がまたかわいい」
「…っもう!恥ずかしいからやめて!寝ますよ!」
「わはは!」
そのまま杏寿郎さんに抱き込まれるようにしながら眠りについたのだった。
最後の朝食は、杏寿郎さん、しずこさん、そして倫太郎さんも共に4人でとった。やはり倫太郎さんはまだお粥程度しか口にすることは出来なかったが、それでも共に食卓を囲めるようになったことは一昨日までの様子を考えれば信じられない回復ようである。
最後に使わせてもらっていた部屋を掃除しようとしたのだから
"ここはもう鈴音ちゃんの部屋だろう?そんな他人行儀なことしないでおくれ"
しずこさんにそんなことを言われてしまい、結局掃除はしなかった。
そして、別れの時は訪れた。
前を歩く杏寿郎さんに続き、店の扉の方から外に出た。それから振り返り、倫太郎さんを支えるように寄り添って立っているしずこさんの方を振り返る。
しずこさんは私と目が合うと、にっこりと優しい笑みを浮かべてくれた。
「…っ…」
まだ互いに一言も発していないと言うのに、それだけで涙が込み上げてきてしまい
「……お世話に…なりました」
震える声を抑えながらそう言った私に
「やだよぉ!さっきも言った通り、ここはもう鈴音ちゃんの家だ。だからお世話になりましたじゃなくて……いってきますって…っ…言ってはくれないかい?」
しずこさんも涙声でそう言った。
「…っ…しずこさん…!」
堪らずしずこさんに駆け寄り、その身体にぎゅっと抱きついてしまう。