第11章 さよなら、ごめんなさい、そしてただいま※
…鬼殺隊から逃げ出す私が…これを持ってちゃ…だめだよね
草履を履くのを一旦やめ、腰に刺していた日輪刀を鞘ごと抜き、ちゃぶ台に二本とも置いた。それから今度こそ草履を履き、玄関を出ると、そのまま振り返ることなく後ろ手に長屋の扉を閉める。
「……っ…」
けれどもどうしても、私が"鬼殺隊士荒山鈴音であったという証拠である日輪刀を手放す事は考えられなくて
「ごめんなさい」
誰に向けて発したものなのか、自分ですらわからない謝罪を述べながら部屋の中へと慌てて戻り、ちゃぶ台の上に置いたばかりの日輪刀を引っ掴むように手にすると、今度こそ長屋を後にした。
当てもなく街を、山を走り続けている間も
善逸が心配するかもしれない。
天元さんが呆れるかもしれない。
雛鶴さんが悲しむかもしれない。
まきをさんが怒るかもしれない。
須磨さんが泣くかもしれない。
そんな考えが何度も頭をよぎり、何度も立ち止まりそうになった。
そして
杏寿郎さんに…嫌われるかもしれない
そう考えると胸が潰れてしまいそうなほどに苦しかった。けれどもその後すぐに
…いっそのこと…嫌われた方がいいんだ
そんな馬鹿みたいに後ろ向きな考えが浮かんできて、杏寿郎さんに嫌われてしまうかも、という恐怖心をあっという間に塗りつぶしてしまう。
それでも
逃げる必要がどこにあるの?
今まであんなに頑張ってきたじゃない。
左耳が聞こえなくても"聴け"なくても
私なら大丈夫。
響の呼吸だってあるじゃない。
だめになった私も
みんなきっと受け入れてくれる。
自分を励まそうと、心の中のほんのわずかに残った前向きな自分が、後ろ向きな自分を引き止めようと必死に争っていた。けれども
あんたのせいで
よくもまぁのこのこ
どんな趣味してんだろうね
私の心に深く突き刺さったそれらの言葉に、打ち勝つことはできなかった。