第22章 砂糖菓子の鳥籠 Ⅱ 【君という名の鳥籠 予告中編 ♟】
(許さない。………こんなにも主様を怖がらせるなんて)
室内にこだまする嗤い声が、
その言葉に篭った嘲笑うような反響音が、益々彼女を怯えさせる。
華奢なその身を抱きしめてしまいたい衝動を抑え込みながら、尚も漂う靄達を切り裂いた。
『さぁ、………さぁ!』
『『そろそろ終わりにしましょう?』』
その声とともに靄達が再度密集して、また別のものを形づくる。
『其れ』は、無数の人影だった。
その姿形は様々で、ある者は長身で黒曜のおもてに目と耳と鼻のなく、
嘲るように歪めた唇だけが奈落の底の入口のようにひらいた男性と見受けられ、
またある者は小柄なその身を幽霊のように宙に漂わせた少女のような背格好をしていた。
ぐるりと彼らの周囲を取り囲みながら、その内の影のひとりがヴァリスを示した。
『ねぇ……その子、頂戴?』
子供のような無邪気さを纏わせた声だった。
無機質な硝子玉のような眼が、邪なたくらみを映している。
それがわかったから、ボスキは己の手のなかの刃を握り直した。
「っ……誰が渡すかよ、」
そう告げ刃を向けるボスキに、影たちは馬鹿にしたような笑みを向けた。
ふわりと薄墨色に透ける指が彼女を示す。
そしてその唇は、澄んだ音域の声で信じられないことを口にした。
『その子、………私達と 【同じ】なのよ?』
くすくすと耳障りな調子で嗤いながら、眉をひそめるボスキを可笑しげにみつめる。
「そんな訳はない。少なくとも主様は、誰かさんのように卑屈ではないぜ」
迷いなく口にすると、影たちのおもてから笑みが消える。
悔しさにぎりぎりと唇をかむと、四方八方から彼女への伸ばされる黒い掌。
『捨てられた子、………捨てられた娘……!』
『私の、………私達だけの操り子供 、』
『もっと、………もっと踊ってみせて?』
『そう、………その子の本当の名は……!』
不快な嗤い声を響かせながら、その指がふれかけた刹那。
「散れ!」
その声とともに人影が消え去る。
室内を覆っていた深い闇色のヴェールが取り払われるように、
あれほど色濃く漂っていた靄達が嘘のように霧散した。