第10章 雪の夜
「あのさ、悟…さっきの人婚約者なの?」
とりあえず一番気になっていた事を口にすると、悟は心底嫌そうな顔をした後「違げェって言ってんだろ。クソジジイ共が勝手にそうしようとしてるだけ。まだ決定すらしてねェのにあの女…まぁ俺があんなキモ女と婚約とか死んでも有り得ねぇけど」とイライラした様子で言葉を吐き出す。
キモ女って…あんな美人なのに…
「しかも、家の為に婚約とかいつの時代だよ」
「確かにそれはね…そうだよね」
悟の言うように、今どきそんな事あるのか…なんて思ってしまうけど。でも呪術界の御三家では、それが当然なのだろうか…まさか悟に婚約の話があったなんて思いもしなかった。
「つーかそんな事より、お前だよ」
「え?」
悟は私が渡したシャツを着ると、膝を組み座っていた体勢をこちらへと傾けてくる。
「今日実家に帰ってるはずじゃなかったっけ?」
ヤバイ…まさかもうこの話題が来てしまうとは…
だけど、目の前の悟は意外にも怒っている様子はなく。呆れたようにため息を吐き出したあと、サングラス越しに私を見つめた。
「お前、実家の話が出た時様子おかしかっただろ」
まさか…バレているとは思っていなかった。
思わず悟の言葉にピクリと肩を揺らしてしまう。
「本当は昨日駅で聞こうと思ってたんだよ、お前実家帰るつもりねェだろって。俺も今日は朝から忙しかったし、それが終わったらお前の様子見に行こうかと思ってた。なのに高専内に呪力は感じるのに部屋にいねェし。でもまぁ日付けが変わる前には迎え行けて良かったわ」
悟…昨日の駅で戻って来た時、それを聞こうとしてたんだ。つまり私の嘘は初めからバレてて、悟はそんな私をわざわざ探しに来てくれたんだ…
「まぁ話したくねェなら無理には聞かない。けどこんな日に一人ではいたくねーだろ」
やっぱり悟は優しい。
どうしようもないほど優しい。
私は今日、間違いなく悟に救われた。
寂しい心も、心細い気持ちも、不安な感情も
まるで全部全部を掬い取ってくれるように。
私の心を穏やかにしてくれた。