第5章 桜 色 の 泪[煉獄杏寿郎]
遠くで杏寿郎様の声がする。
瞼を開けることも出来ないだるさが全身を覆っていて、手をまさぐって杏寿郎様の体温を探す。
けれど触れるのはひんやりとした空気だけで、淋しさを覚えてやっと瞼を開けた。
部屋に一人残されていることに気づいて体を起こせば、今度は体に冷たい空気が纏わりついてくる。
体の芯に残った熱が杏寿郎様との情事を思い起こさせた。
寒さに自分の体を抱きしめてみても、杏寿郎様の体温には敵わない。
「杏寿郎様…」
体から落ちた布団を引っ掛けるために視線を落とすと、体につけられた無数の赤い跡に気づいた。
「んんっ!?」
胸にも二の腕にもお腹にも脚にも…。
見えないだけで、背中にも首にもあるかもしれない。
私だって夢中だったし気持ち良かったしで、こんなにつけられているなんて気が付かなかった。
確かに、肌を喰む痛みを頻繁に感じていたような気もする。けれど浮ついた意識の中で、それが証をつける痛みだったなんてわかるはずがない。
杏寿郎様から与えられる快感は、そんな小さな痛みなんていとも簡単に消してしまうわけだし。
「…明日は髪を下ろせば、何とかなる…かな」
杏寿郎様の独占欲を形にしたような跡に、困っている自分と嬉しい自分がいる。
明日はお花見の日。この抱き潰された体はもう少し休ませなければ満足に機能しない。
杏寿郎様の香りを残した布団に頬をつけて体を横たえた。
杏寿郎様は痛めつけるような酷い抱き方は絶対にしない。
けど、たまに激しく求めてくることがある。足りない、足りないと聞こえてきそうなくらい、何度も激しく。
そんな時はきっと、任務で何かつらいことがあったのだろうと察している。
ただ優しく気遣いながら抱かれるより、その熱となった思いを私に吐き出してくれる方が良い。
そうすると、杏寿郎様はポツリポツリと話し始めてくれる。
悔しそうに、仲間に想いを馳せるように、悲しそうに。
私は無力だけれど、そんな杏寿郎を丸ごと抱きしめて、その想いを掬い取って噛み締めることはできる。
でも今日は違う。単純にやりすぎただけの日。
「もう…千寿郎や槇寿郎様に見られたらどうしよ…」
何度見ても同じだけれど、もう一度体を覗いた。やっぱり跡が体中に散らばっている。