❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
子供達が帰宅する前に完成出来て良かったなと考えながら、ふと格子窓から見える空を見上げた。
(光秀さん、今頃は視察中かな。それとも移動中?)
中天からやや傾いた太陽の位置を見て、凪が思わず光秀の事を考える。顔を合わせない日々の中、互いに書き置きをして意志疎通を図っているものの、やはり交わすならば直接自らの声と言葉で伝えたい。子供達の手前、寂しさを露わにする訳にはいかないと気を張ってはいるが、家族水入らずで過ごした現代での家族旅行の日々を思い出すと、恋しく思わずにはいられなかった。
「………光秀さん、会いたいな」
思わずぽつりと溢してしまった凪が顔を俯かせる。声に出してしまうとますます寂しさがせり上がり、表情が曇った。眼の前に沢山置かれているドーナツとて、書き置きと共に文机に置いておくのではなく、家族皆で食べたい。瑣末事とも言える我儘だとは分かっているが、そんな事を思わずにはいられなかった。
「そんな愛らしい事を言っていると、味を占めた悪い狐に攫われてしまうぞ」
「……!!?」
不意に凪の鼓膜を甘やかな低音が震わせる。聞き間違える筈もないそれへ目を瞠り、厨の入り口の方へ振り返ると、そこには待ち望んだ人の姿があった。
「光秀さん……!」
驚きよりも先に、ぱっと嬉しそうな表情を浮かべた凪の姿に、光秀が口元を穏やかに綻ばせる。凪の元まで白い袴の裾を揺らして近付いて来た男が、向き合った彼女の華奢な身体を両腕で包み込むように抱きしめた。
「ただいま、凪」
「お帰りなさい、光秀さん……!でもあの、どうして?」
嗅ぎ慣れた冴え冴えした薫物の香りに包まれ、凪が思わず笑顔で男の広い胸に顔を埋める。先程まで湧き上がっていた寂寥(せきりょう)は一瞬にして消え去り、暖かく満たされた心地が身体中に広がった。