第1章 家族の絆ー前編ー
「あ、姉上!お願いです、待って下さい…!」
槇寿郎の怒り声が聞こえたため、杏寿郎と共に急いで二人の所へ行くと、まさに“出て行け”と言われているところだった。
杏寿郎は槇寿郎に何があったのか聞くが、「……フン」と部屋に篭ってしまう。
桜は千寿郎の呼び止める声に応えることなく部屋へ戻り、最小限の荷物だけまとめ家を出る準備をした。
「姉上……」
手を止め、部屋の入り口の方を見ると、千寿郎が不安気な顔でこちらを見ていた。桜は千寿郎の側に行き目線を合わせる。
「…ごめんね、千寿郎」
「出て行ってしまうのですか……?」
桜の袖の部分をギュッと握り、震えている。
「お願いだから、行かないでください」
姉上がいなくなるのは嫌です、と大粒の涙を流しながら必死に訴える。そんな千寿郎の涙を、桜は困ったような表情で微笑み、そっと拭き取った。
そしてギュッと抱きしめて、再度「ごめんね」と伝える。
「…大丈夫よ、いつでも会えるから」
まだまだ幼くて可愛い、大切な弟。
幼いながらもしっかりしているのは、物心つく頃にはもう母親がいなかったのと、父があのような状態になってしまったからだろう。親に甘えたくても甘えることができない。
桜や杏寿郎が寂しくないようにと気にかけてはいたが、親に甘えるのと兄や姉に甘えるのとでは訳が違う。
本当は近くで見守っていてあげたかったが、これ以上此処にいてはダメだと警鈴が鳴る。
「(大切な絆をこれ以上壊さない為に、私はこの家を出る)」
千寿郎を抱き締めている腕に力を入れる。
「…杏寿郎と父上を、宜しくね」
千寿郎も桜の袖を掴んでいる腕に力を入れた。
「側にいてあげられなくて…ごめんね。千寿郎のこと、大好きよ」
「…っ、俺も…俺も大好きですっ、姉上!」
そっと離れて、ポンポンっと頭を撫でる。そして優しい表情で微笑んだ。
「ありがとう」
この日桜は、生家である煉獄家を去った。
そして次に煉獄家の敷居を跨ぐのは、数年後、運命の物語が動き出すときになると言うことを、まだ知らない。