第18章 どうでもミルフィーユ◉相澤消太
「あ、いざわくん」
此方を見て気まずそうに彷徨った目線がそのままオリーブ色のカーペットに落ちる
漏れかけた安堵の溜息にも彼女はびくっと肩を震わせて、俺は慌てて息を止めた
「来てたのか」
「え、うん、だめだった・・?」
「帰ったかと思った」
全然返信来ないから、恨みを込めて小さく呟くと彼女がそそくさと横の椅子を引いて
隣を許されたことが嬉しい、なんて噯にも出さずに俺は静かに腰を下ろした
「ご、ごめんね?」
「いいよ」
来てくれて嬉しい、話したかった、素直に気持ちを伝えられたらきっと苦労しないのだろう
一ヶ月前には結露で曇っていた窓ガラス、その向こうでちらほらと花をつけ始めた木々が揺れている
新たな季節の訪れが、微塵の進展も無い時間をより一層際立てているようで俺は下を向いた
「今日何の日か知ってるか」
「、うん」
おろおろと泳いだ視線がちらりと俺を捉える、一ヶ月ぶりに目が合っただけで胸が激しく音を立てて恨めしい
先月はあんなに強気に迫ったくせに、あからさまに避けられたこの一ヶ月は想像していたよりも遥かに俺の心を弱らせたらしい
「・・でも相澤くん、残飯扱いだったし」
「なんだそれ、人聞き悪すぎだろ」
「た、食べてくれなかったし」
言いながら真っ赤に染まったその顔、間違いなくあの日を思い出している彼女がきゅっと唇を噛み締める
その仕草だけでもうどうにかなってしまいそうで、ああ今日は触れないと決めていたのに
「ちゃんと食っただろ」
そう言って親指で唇をなぞれば、羞恥に耐えかねた彼女はぎゅっと目を瞑って下を向いた
「・・・好きになった、って」
お前そう言ったよな、じとりと睨みつけると弱々しく下がったその眉、柔い唇を離れた指先がじんじんと熱を持つ
「い、言った、かな」
「お前・・!」
そんなの許さない、身を乗り出して彼女を追い詰めると膝と膝が触れて、椅子の背に伸ばした腕を遠ざけるように彼女が両手を突き出した
「だ、だから」
「何」
「す、きに・・なったから、だよ・・」
遠ざける為に突き出したはずの手が俺の腕に触れて、甘い指先にやんわり掴まれるとワイシャツがくしゃりと音を立てる
「は」
「・・恥ずかしくて、むり」
前みたいにできないの、ちらりと俺を見上げたその瞳に困惑と期待が揺れて俺は溜息を吐いた
