第16章 この話はもう終わり《前編》◉山田ひざし
放送局の都合でいつもより数時間早く終えたラジオ収録、深夜のエレベーターが地下2階への到着を知らせる
「おつかれさん」
見送りのスタッフに軽く手を振り開いた自動ドア、薄暗い駐車場で乗り込んだ愛車が静かに坂をのぼるとまだ賑やかな街灯が夜道を照らしていた
「ヒューっ、お熱いねえ」
ふと見遣ったビルの一階、そこがどんな建物かはもちろん認識している
休憩・宿泊の文字が光る看板の横、たった今仲睦まじく出てきた二人組にオレは自分の目を疑った
「は・・!?」
見間違えるワケがない、黒づくめに捕縛布を巻いたその出立ち、十五年来の親友が華奢な肩を抱いている
それが自分の恋焦がれている女性だと気づくのにももちろん時間は掛からなかった
通りかかった車のライトが彼女の頬を照らすときらりと光った涙の粒
そんな彼女を抱き留めた相澤はタクシーを拾うと彼女と一緒に車内へと消えて
「っはは、ンだよ、水臭ェじゃんか・・」
ハンドルを握る手の、感覚が遠くなっていく
先ほどまで感じていた疲れも眠気もすっかりどこかに行ってしまったようで
柄にも無く鼻の奥がつんとした自分に自嘲が漏れた
「あーかわいそ、オレ」
暗い車内に呟いた言葉が何度も耳に木霊する
彼女はどんな風に想いを告げたんだろう、潤んだ瞳で見上げられた気分はどうよ、自分以外の男に向けられたそのカオを想像するだけでも充分すぎるほどに心臓が煩くて
「っは、ホント馬鹿みてぇ、羨ましー・・」
乾いた声とは対照的に少しだけ滲んだネオン、気づかないフリをして目を閉じる
もう何も見えないようにと、そんな暗闇の中ですら容易に浮かんでしまうあの笑顔が、赤く色付いた頬が
オレの名前を紡いだあの唇は、今頃
「・・あークソ」
苦しくて吐いた息、勿体無くて手が付けられていない飴玉がダッシュボードに転がっている
気配の消え去ったシートにそっと手を伸ばせば、襲いくる虚しさにオレは力なく項垂れた