第13章 お決まりでしょうか◉共通ルート《後編》
藍色に揺れる暖簾の奥、黒い壁で囲まれたお座敷にぽつりと私だけが座っている
上質な和紙を広げるとそこには何も書かれていなくて
それにも拘らず私は紙を指でなぞっては必死に何かの答えを探している
甘い胸騒ぎとともに襲い来る息苦しさに助けを求めて立ち上がると、
丁寧な手付きで襖を開けた和服の女性が、にこやかに私にこう尋ねるのだ
「お決まりでしょうか」
遠くに聞こえる救急車のサイレン、漸く明るくなってきた窓の外へと目を向ける
案の定寝つきの悪い夜を過ごした私は、ゆっくりと重い身体を起こした
出番の無かったアラームを解除し顔を洗おうと立ち上がった瞬間、手の中のスマホがメッセージの受信を知らせる
「昨日は無事に帰れたか?心配だから連絡くれると嬉しい」
文面から伝わる彼の表情、早く安心させたくて急いで文字を入力していく
大丈夫だよ、ありがとう、送信した吹き出しの下には即座に既読の文字がついて、恥ずかしくて思わず画面を閉じる
これからどうしたものかと溜息を吐くと、今度は長めの振動音が手に伝わった
「は、はい、もしもし・・?」
「寝れたかよ」
俺の番号だから登録しとけ、初めて聞く電話越しの声は昨日の出来事を容易に思い出させて
無意識に髪を整えている自分が部屋の鏡に映っていて思わず手を止めた
「眠れないよ、もう・・」
いつでも添い寝したるわ、なんて軽口を叩く彼だってどうせそんなに眠れていない、そう分かっているから胸が詰まるような気持ちになる
「・・んじゃ、行ってくる」
「え、あ、うん?」
「察しろ、アホが」
「あ、えっと、いってらっしゃい・・?」
「おう」
満足そうなその声音が子供みたいで小さく吹き出すと、彼の優しく微笑む気配がする
「ちゃんとメシ食えよ」
「・・なんかお母さんみたいだね」
「上等だ、尽くし殺したるわ」
「っふふ!」
元気でた、ありがとう、思わず出た心からの言葉は照れ臭そうな舌打ちに掻き消されて
心地の良い通話の余韻に頬が緩みそうになる
気合いを入れるように伸びをしてケトルのスイッチを入れると、また部屋に響いた長い振動音
表示を見なくても大方予想のついたその人の声に思わず苦笑が漏れた