第3章 正しいと思う方を
生きている。死んでいない。
そのことを理解した瞬間、アリアはエルヴィンを突き飛ばし、顔を背けた。
腹の中から空気の這い上がる音がして、吐瀉物が口からこぼれた。
体を濡らすのは雨だけではない。オリヴィアの血も全身に浴びた。吐瀉物と血の匂いに再び吐き気がこみあげる。
エルヴィンはそんなアリアの背をさすりながら、ナスヴェッターと顔を見合わせた。
「この辺りの巨人は増援が殺してくれました。しばらくは安全です」
「わかった。……ナスヴェッターも怪我はないな?」
「……はい」
吐くものがなくなり、酸っぱい胃酸が音を立てて地面を打った。
身を震わせ、アリアは深呼吸を何度も繰り返す。
生き残った事実が恐ろしかった。あのまま死ぬつもりだったのに。
「アリア、グリュックは?」
口元を拭い、顔を上げたアリアにエルヴィンが聞く。
アリアはそこで初めてグリュックのことを思い出した。
巨人にぶたれてグリュックから吹き飛ばされたのは覚えているが、それから彼がどうなったのかは見ていない。
アリアは小雨の中、首を動かした。
「……グリュック」
グリュックはアリアたちより少し離れたところに立っていた。
巨人に怯えるわけでもなく、逃げるわけでもなく、ただじっとアリアを見つめている。怪我もなさそうだ。
アリアはふらふらと立ち上がり、グリュックに近づいた。
不思議な色を宿したグリュックの瞳がアリアを見つめ、手を伸ばしたアリアの体に鼻を押しつけた。
「グリュック」
慈しむように、アリアの全身についた血や泥、雨を舐めていく。
まるで生きていてくれてよかった。と言われているようだった。
「怪我は、ないね」
巨人の手にぶち当たったのはアリアだけだったらしい。
「アリア、そろそろ行こう」
エルヴィンに声をかけられ、アリアは目を瞑った。
ここにいるたくさんの兵士の遺体は持って行けない。だれかを選んで連れて帰ることはできない。
「オリヴィア」
ごめんなさい。