第71章 右手に陽光、左手に新月〜水柱ver.〜 / 🌊・🎴
「(そっか、誕生日…! 暗い歌って言って気分悪くなったよね)」
しまったと頭を抱えそうになったが、既に口に出して本人に言ってしまったので後の祭りである。
「あの、師範…ごめ…」
「義勇さんは二月八日生まれなんですね! だから二十八番が好きなのかあ。少し寂しさもあるけど、そこが良いですよね!」
「(…炭治郎…わかってくれた…)」
七瀬は謝罪の言葉を義勇に伝えようとしたが、喉元まで出かかった六文字をスッと引っ込めた。
師範の目線はもう彼女に向いておらず、炭治郎に注がれていた為だ。
「(炭治郎、やっぱり優しいな。あの歌に共感するなんて。師範も嬉しそう)」
寡黙な義勇は炭治郎の話を黙って聞いているが、口元には小さな笑みを浮かべており、七瀬に先程言われた事などとうに頭から抜け出ていそうな様子である。
「(侘び寂び、かあ…)」
「沢渡、読み手を頼む」
「あ、はい…」
ズズッとほうじ茶を二口飲んだ彼女は、義勇に二十八番の札を返しながら改めて思案する。
「二戦目だ!! 義勇さんには勝つぞー!」
「…」
自分と対戦した時に見せなかった表情だった。七瀬は複雑な思いを胸に忍ばせながら序歌を読み上げる。
「難波津に 咲くやこの花 ———」
★
三人が総当たりの百人一首を行なって一週間が経った。
近頃は早朝稽古後、朝食が出来るまでが歌を覚える時間となっている。
義勇は全ての歌を完璧に近いと言って良い程記憶しており、継子の二人も歌を覚えようと懸命に取り組んでいるが、やはり義勇より多く札を取る事が出来ない。
「(今日こそは義勇さんに勝つぞ!!)」
「(どうしたら師範より多く取れるんだろう? 一枚…たった一枚札を取るだけなのに、それが遠いなー)」
「炭治郎、沢渡来てるぞ」
「え?」と継子の二人が同時に言葉を発すると、目の前には朝食の膳が置かれている。