第20章 響箭の軍配 参
「私、ちゃんと見張るので、その…えーっと…」
とはいえ、上手く繋がらない話題やまとまらない言葉がもどかしく、凪にしては珍しくしどろもどろなまま、困った様子で眉尻を下げた。あーとか、えっと、などといった意味を持たない音ばかりが口をついて出る。普段、光秀と話をしている時、こんなにも言葉が詰まる事などなかった。何故なら。
(光秀さんが、いつだって空気を変えてくれてたんだ)
落ち込んだ時、怒っている時、少し気まずい空気を漂わせていた時。いつも最後には光秀が二人の間を取り持ってくれていた。落ち込んだ時は笑わせるように、怒っている時はそこから意識を逸らさせるように、気まずい時は。
(自分から、歩み寄るように)
「…私、皆に聞こえるように合図を打ちます。だから…光秀さんも、ちゃんと聞いていてくださいね」
いつものように笑った。怖気づいてなどいない、明るい笑顔で真っ直ぐに紡いだ彼女のそれを前にして、光秀が静かに息を呑む。戦場になど到底似つかわしくない、綻ぶ花のような凪の表情に、ふと光秀の口元へ微かな笑みが刻まれた。
「………誰に言っている。お前が身を削り知らせるその音を、俺が聞き逃す筈がないだろう」
それは、常と変わらぬ、凪がよく耳にする光秀の声色であり、凪を映す眸が微かに穏やかな色を帯びて眇められる。注がれる視線の柔らかさに、彼女は黒々した大きな眸を見開いた。いつものように、彼の手が伸ばされる事はなかったが、ようやくしっかり光秀と視線が交わった気がして、凪がその喜びに鼓動を跳ねさせる。────嬉しい、と素直にそう思った。
「行ってくる」
白い袴は泥や雨で汚れ、いつものような穢れなき真白ではなかったが、翻ったそれは光秀のすらりとした立ち姿をよりいっそう惹き立たせる。短く声をかけられた際に口元へ浮かんでいた笑みは強気な色を滲ませ、声色には絶対的な自信が満ちていた。振り返る事なく天幕を出て行く姿を見つめたまま、凪はとくとくと響く鼓動を持て余し、しばらくその場から動く事が出来なかった。