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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第19章 響箭の軍配 弐



振り向き様、柔らかな声色で告げた清秀へ武将が立ち上がったが、送ると申し出た旨を男はきっぱりと切り捨てた。正面へ向き直り、視線を合わせるつもりもないと告げた清秀はそのまま傘を開き、雨の中を歩き去る。

武将は、雨に滲むその後姿を睨み据えて両手の拳を握り締めた。自らの主君は、本日の戦場に出ていない為、信長に対する違和感を悟っていない。自軍の兵士達は、それに煽られる形で士気を上げ、戦中にも関わらず緩んだ空気を滲ませている。
奇襲隊は明智光秀の隊を退けたと、光秀本人から言われた事で浮足立っている。
まるで自軍は、作られたまやかしの中へ放り投げられたかのようだ。自信は過剰になれば油断に繋がり、侮りは隙となる。さながら美酒に酔わされたかのような今宵は、手向けの酒宴のようであり、その狡猾で計算し尽くされたような空間を作り上げたのは、果たして敵軍の化け狐か、あるいは身の内に取り込んでしまった毒であるのか、もしくは両方か。どちらにせよ、武将の焦燥と不穏な心地を降りしきる激しい雨音がいっそう湧き立たせるのだった。



自らの天幕へと戻った清秀は濡れた傘を畳んで端へ置き、奥の床几へと腰掛けた。それと同時、天幕の外で自らを呼ぶ声を耳にして踏み入れる事を許可する。
足軽の格好をした男は濡れた兜を取り去り、静かに清秀の前へ膝をついた。灰色の切れ長な眼差しで報告を促された男は、控えた様子でそっと口を開く。

「織田軍後方の医療部隊の中に、女の姿を確認致しました」

声量を低めた男の報告を耳にし、清秀は薄い色をした唇へ薄っすらと笑みを浮かべた。冷たいながらも何処か熱っぽい、あまりにも両極端な表情を前に、兵士の男は言い知れぬ恐怖を覚えて顔を伏せる。

「そう、元気そうだった?……ああ、やっぱりいいや、それは自分で確かめる」
「…は、左様で」
「もう一人、一緒に向かわせた筈だけど」
「……明智光秀に撃たれました」

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