第19章 響箭の軍配 弐
「……身を守る術なら、あります」
「…ほう?一体何だ。懐剣(かいけん)でも身に潜ませ、敵の首を掻き斬れるとでもいうのか」
あからさまに出来ないと分かっていて、敢えて問いかけた意地の悪い言葉に、顔を俯かせていた凪がそれを持ち上げて真っ直ぐ光忠を射抜く。黒々した眼を真っ向から挑むように向けられ、男は僅かに菫色の双眼を眇めた。
「光忠さんが、私の守る術です。だって、貴方は私の護衛じゃないですか」
「………なんだと?」
ひくりと柳眉が顰められた。元より低くしっとりとした声色が、仄かな感情を露わにして短く切り替えされる。見定めるかのような不遜な眼差しを受けつつ、凪は退く気などないと言わんばかりに再度言い切った。
「それとも、そんな事も出来ませんか?光秀さん直々に任命された、護衛なのに」
「……お前、小生意気にも私を煽っているのか」
「滅茶苦茶煽ってます。光忠さんだったら、私みたいな小娘守る事なんて簡単だと思いますけど、違いますか?」
護衛(臨時)と護衛対象の間で交わされる、さながら戦場の真っ只中の如く鋭い緊迫感が満ちる中、家康はそのやり取りを無言で見守っていた。凪が中軽傷の処置に当たってくれる事は正直言えば助かる。それだけ彼女はこの二週間の中で腕を上げたし、女性ならではなのか、些か雑な男よりも処置が丁寧だ。
前線へすぐに復帰出来るように処置が可能という利点は、戦において重要視される。
しかし、光忠が言う事も真っ当な意見だ。男の結論を待つように端正な光忠の淡々とした無表情を見つめていたが、不意に形の良い薄い唇が小さく動いた。
「……言ったな、女。この私に守られておきながら、怪我のひとつでも負ってみろ。その時は朝から晩まで私の使い走りとして、数日みっちりこき使ってやる」
「…いや、凪に怪我させたらお前の責任だろ」
「望むところですよ…!絶対怪我とかしませんから…!」
「なんであんたも普通に煽られてるんだよ…」
合間でつい突っ込みたくなった家康は悪くない。緊迫感漂う様子を見守っていた他の医療兵達も、あの光秀そっくりな顔立ちの光忠相手に、あそこまで立派な啖呵が切れるのは、もしかしたら凪くらいかもしれない、と尊敬の眼差しを送る者まで出て来る始末だ。