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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第15章 躓く石も縁の端



「…凪様を御殿へお連れになると耳にした時には、さすがに驚いてしまいましたが、家臣達からも評判が良いようですし、安心致しました」
「……そうだな。俺も家賃を払うと言われた時は、どうしたものかと思ったが」
「家賃、ですか?」

家臣達が抱いている勘違いは既に九兵衛の知るところではあるが、優秀な部下はおそらく何らかの理由があっての事だと勘付いている。何せ摂津でも同じ部屋で寝ていたくらいなのだから、九兵衛としては現状についてあまり驚いてはいない。むしろ主君に対して不敬ではあるが、微笑ましい気持ちすら抱いているといっても過言ではないくらいだ。
部下の内心を知ってか知らずか、つい数日前に交わした一件を思い起こし、光秀はほんの僅か口元を綻ばせる。彼の口から溢された聞き慣れない単語へ不思議そうに九兵衛が目を瞬かせたと同時、低くしっとりとした音がそこへ自然と割り込んで来た。

「随分と愉しげなご様子でいらっしゃる」

微かな馬の蹄の音を鳴らし、静かに馬を駆りながら姿を見せたのは一人の男である。木々の隙間から気配もなくやって来た彼は、光秀よりも灰色がかった白鼠(しろねず)色の長い髪を頭部の高い位置で一つに結い上げていた。長めの前髪に加え、切れ長の吊り目は長い睫毛に縁取られた菫色であり、整った高い鼻梁と薄い唇、すらりとした輪郭は光秀の面影によく似通っている。
藍紺色の着物に白練(しろねり)色の袴、黒の手甲をまとった、つまりはとてつもなく光秀に似た端正な姿をした彼は、口元へ笑みをゆるりと刻み、馬をさり気なく光秀の隣へ並べた。

「光忠(みつただ)か。思ったより戻りが早かったな」
「あまり目立ったものがなく、面白みに欠けました故。ところで、愉しげに何の話をしておいでで?もしや光秀様が最近お傍に置いておられる姫君の事でしょうか」
「お前の元まで話が回っているとは、やはり人の口に戸は立てられないものだな」
「いえ、少々早耳なだけですよ」

笑みを崩さぬまま言い切った男は幾分つまらなさそうに視線を森の中へぐるりと投げ、その後で別の興味を覗かせたまま光秀へ意識を戻した。

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