第10章 別れ
どうやら文のお尻から始まっているようで、そこには悟くんの直筆で ”五条悟” って書かれた署名と18歳の誕生日である2007年12月7日の日付が記されていた。
署名の前には ”全文以上” という遺言書の終わりを告げる文字が見える。あたしは急いでその前を辿る。遺言には婚約者の事だけ書かれているのかと思っていたけど、そうではないみたいだ。
五条のこれまでの当主の偉業や、術式相伝のマニュアルや屋敷の管理、五条家の結界のことなどが付随して記されていた。
次々と先を急いだ。手はずっと震えている。あたしが知りたいのはもっと巻物の前の方だ。婚約者は大事なことだから最初の方に書いてあるに違いない。続いて見えてきたのは、財産や土地の分与について。まだ婚約者の話は出てこない。ひたすら巻き物を解いて行く。
急がなきゃいけないんだけど、慎重に扱わなきゃいけない。多分、手漉きの和紙で出来ていて薄くて繊細。強引に引っ張ればビリッといくか、寄れが出てしまいそう。
年数が経っているからなのか、つっかえて紙の滑りも悪い。時々軸が止まって完全に動かなくなる。巻物を開くこと自体、初めてで、和紙に気を使いながら広げていくと、また軸が止まる。ちらと紙に目を通すと婚約者という筆文字が見えた!
婚約者制定――ちょうど婚約者に関する内容が書かれた遺言の始まりのようだった。
そしてそれは……あたしが抱いていた淡い期待なんて微塵も乗っかっていない、あたしの事なんてまるで書かれていない、典型的な、伝統的な、政略的な遺言内容だった。