第10章 別れ
それは悟くんと一緒に離れにいる時だった。悟くんのもとに、当主のすぐ側で仕えている一番偉いといってもいい従事者――長老がやって来た。
長老っていうのはあだ名。本当はちゃんとした名前があるんだけど、悟くんが小さい時、長老の背中に「長老」って張り紙をテープでくっつけて、それからみんな長老って呼んでる。
先代から五条家に仕えている大御所に、こんなイタズラができるのはもちろん悟くんだけだ。
「坊っちゃま、お部屋の方に例のものを取りに伺いますがよろしいでしょうか?」
「あぁー。まだ全部見てねぇーな。拇印っている? 署名だけじゃだめなの?」
「……速くて聞き取れませんで、もう一度おっしゃってください」
長老はもうおじいちゃまなので、耳が遠い。聞き直しはいつものことだ。悟くんはゆっくりと3度言い直した。
「で、全部で何カ所抜けてたんだ? 確認しねーとな」
「死ね? とな」
「しねーと。補聴器、もっといいやつにしたら?」
一部の単語は拾うようだ。それでもまだ悟くんの返事を聞き返してる。何か書類の確認をしているんだろうけど、あたしが焦りを覚えたのは、長老が今から悟くんの部屋に行こうとしているってこと。
長老は悟くんの部屋の結界を抜けることが出来る。今、あの部屋に長老が入ったらヤバい! 昨日あたしは悟くんの部屋で、ハワイに行った時の写真をスクラップブッキングしてた。写真もアルバムもそのまま出しっぱなしだ。